松|連城《れんじょう》師、南條文雄博士が日本でかかる註釈を写して次第にシナに送って、そして南京の楊文会《ようぶんかい》氏がこれを出版して支那の学者は倶舎、唯識の論釈を読むことが出来るようになって、近頃唯識学者も出て研究もしております。玄奘三蔵以後に出来た唯識の研究書が本場のシナには紛失しておったのが日本には全部残っておった。でそれはシナにはなくて日本にばかりあるものと思っておりましたが、これも敦煌には残っております。こういうようなぐあいにこんなに大切な物が日本にある、その真価が向うの発掘によってますます認められたという形であります。こういうことを綜合して見まするというと、非常に大きな仏教文学というものが日本にあることになるのであります。
 今一つわれわれが忘れてならないことがある。大乗の涅槃経は梵本が一冊も出て来ない。そこで小乗涅槃経によってシナ学者が偽作したものかと疑う人もあった。然るに中央アジアの出土品の中に大乗涅槃経の梵本があった、その後私は高野の無量寿院で弘法大師筆と称する梵本一軸を発見した。これは大師の筆でなく大師以前のインド人の筆である多分唐筆をもって書いたものらしい。全く
前へ 次へ
全72ページ中53ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
高楠 順次郎 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング