この目録もまだ出来ないのにまた雪山から梵本を七百部も持って来るのは不都合だと言わぬばかりに図書館から排斥せられ、時の総長の計らいで梵語研究室に置くこととなった。仕方なく自分の教室に保管した。そして毎年講義の時には梵経所得の苦労を一度は必ず話した。インドの鉄道を離れて、七十五哩山駕籠に乗って、高山を二つも越して雪山の中に入って、そこで集めたものであると自慢まじりの話をする。学生同志では袖を引いてもうあの話が出たか、いやまだ出ない、今に出るから見ていろというふうで、私が話し出すとみな見合って笑っているというような有様。所がこれが震災に役に立ち梵本が助かる因となった。
 震災の時にはいよいよ火が教室に燃え移った。そうするとその時に京都の高等学校からベース・ボールのために来て一高に宿しておった学生が逸早く駈けつけて私の教室にきて見た、巡査の剣で戸を破って中に入った。そして金塗りの洋書などをまず運び出しつつある、所が私の講義を聴いた学生が駈け付けて、「そんなのは大切じゃない、これが大切だ」と示した。梵本はみな赤い風呂敷に包んである。これを運び出すことにした。教室の外部にはコンクリートの溝がある、
前へ 次へ
全72ページ中45ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
高楠 順次郎 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング