それで分ったのです。霊仙訳と書いてあるのであります。この人だけは三蔵法師と称せられておった。
こういうふうにシナでたくさん訳出されまして日本に伝えたのでありますが、それを日本に伝えたのはまだ印刷しない前の一切経は玄※[#「日+方」、第3水準1−85−13]僧正が唐の玄宗皇帝の時開元時代の写本一切経五千四十八巻全部携えて還って来たのであります。これは非常な努力であったろうと思うのであります。それで天平八年に帰ってきました。五千四十八巻の一切経で聖武天皇に献上した。そして聖武天皇の願経というものがありますが、朝廷からの特命で写さしめられた御経であります。この時のが日本に正式に一冊残らず全部渡って来た最初であると思います。これは玄※[#「日+方」、第3水準1−85−13]僧正の将来であります。これが全一切経の根本になります。シナでは勅修――陛下が勅して拵えられる一切経、一切経を写すという事業が十五回ほど行われております。それから宋の太守の時初めて版にしました。即ち一切経は宋の時代になると翻訳時代は終って刊行時代となった。そして今までシナでは十四版までも刊行しました。朝鮮で二回、日本で今まで
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