ために佛が滅せられた年の七月に大迦葉が五百の仏弟子を集めて一切経を結集したのであります。一切経というものは仏が一代の中に説かれたもので、その中に自分が自発的に説かれ、自分の理想を説き出されたものが「経」というので、昔はこれを単に法といっていた。法というのは理想というのでありますから、仏法というのは仏の理想、説法というのは仏が理想を説かれる、転法輪というのは仏が理想の輪を社会に転進して理想を実現せられるというような意味である。法界というのは仏の理想の行われる世界である。法身とは仏の理想のみの身ということである。昔は法といったが今は経といっております。
所が自分が自発的でなく、弟子が罪悪を犯すに随って制した戒律がある。生きた物を殺す、そういう行ないはしてはならぬと制せられたもの、それが法典となっているのであります。これを戒律といい律蔵という。経蔵というのは御経の蔵、律蔵は戒律の蔵、戒律を納めた文庫である。法典といえば国法とか、国の習慣とか歴史とかいうようなものを顧慮して作るものである。然るにこれらは一切構わないで真の理想から出たものが仏教の法典である。花井卓蔵博士も仏教の法典は純正な理想
前へ
次へ
全72ページ中35ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
高楠 順次郎 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング