い人が来ると「カサ」がきたという。「カサ」とか「クサ」とかいうのはインド語であって、今では「カサ」というとすぐ分りますがその当時は梵語でカサといえば向うには分らないでお互いには通ずる。それから疱瘡を患った人を「アバタ」というが、疱瘡という語は「アブタ」、それがアバタとなって、アバタがきたといえば疱瘡を患った人がきたという意味である。それから今では馬鹿といえば誰でも怒りますが、馬鹿という語にはいろいろ説がありますが、インドでは馬鹿の表現が青鷺である。青鷺を「バカ」といいます、それが馬鹿ということになったのであろうと思います。しかしこれには新村博士の説には慕何と云う梵語の訛りだという説を採用すべきであるとのことである。男子の隠し所の名前も隠語から転じたのであります。それから寺の庫裡という言葉、これは煙出しのある家という梵語「クテイ」で、庫というのも梵語らしい、厨も同じ梵語かと思われます。たいていラの字の付いたものは梵語が多いのであります。
 私は近頃糖尿病を患いました、この病気には木※[#「木+忽」、415−8]がいいのでありますが、ラという音があるのでこれは梵語に違いないとだんだん探して
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