來らざるべしと想ひて善を輕んずる勿れ、水の點滴能く水瓶を盈たす、(善は)少しづつ積むと雖も賢人は善にて盈つ。
一二三 財多く伴少なき商侶が危難の道を(避くるが)如く、餘生を希ふものが毒を(避くるが)如く、人は惡行を避くべし。
一二四 掌に瘡なくんば手にて毒を採るべし、毒は瘡なきものを害はず、(惡を)作さざる人に惡至らず。
一二五 汚れなき人を誣ゆれば、淨く垢なき人を(誣ゆれば)、殃ひ反つて其の愚者に及ぶ、猶ほ風に逆つて微塵を散すが如し。
一二六 或ものは胎に托し、惡業を造れるものは地獄に(生れ)、行ひ正しきものは天に往き、心の穢無きものは涅槃に入る。
一二七 虚空に非ず、海の中に非ず、山の穴に入るに非ず、世界の中に於て惡業(の報)を免るべき處あることなし。
一二八 虚空に非ず、海の中に非ず、山の穴に入るに非ず、世界の中に於て死の力の及ばざる處あることなし。
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    第十 刀杖の部

一二九 一切の者刀杖を畏る、一切の者死を懼る、己を比況して、殺す勿れ、殺さしむる勿れ。
一三〇 一切の者刀杖を畏る、生は一切の者の愛する所、己を比況し、殺す勿れ、殺さしむる勿れ。
一三一 群生は樂を欣こぶ、人若し刀杖を以て(彼を)害ひ、己の樂を求むるときは(其人)死して樂を得ず。
一三二 群生は樂を欣こぶ、人若し刀杖を以て(彼を)害はずして、己の樂を求むるときは(其人)死して樂を得ん。
一三三 決して※[#「鹿/(鹿+鹿)」、第3水準1−94−76]語すべからず、語られたる者は亦汝に(斯く)答へなん、怒れる語は苦なり、治罰反つて汝に來らん。
一三四 毀れたる磬の(音を發することなきが)如く己を發動すること無ければ、汝はこれ已に涅槃を得たるなり、汝に諍訟あることなし。
一三五 牧人が杖にて牛を牧場に逐ふが如く、是の如く老と死とは生物の壽《いのち》を逐ふ。
一三六 されど凡愚は惡業を造りて覺らず、闇鈍にして自業に因つて苦しむ、猶ほ火に燒かれたるが如し。
一三七 人若し刀杖もて無罪無害の者を侵害すれば、速に(下の如き)十事の隨一に遇はん。
一三八 劇しき痛み、衰老、身體の毀損、又は重き惱害、若しくは心の狂亂を得べし。
一三九 又は王の災、恐ろしき讒誣、親族の廢滅、受用物の破壞(に遇ふべし)。
一四〇 或は又燃ゆる火は彼の家を燒く、惡慧者は身壞れて後地獄に生る。
一四一 露形も螺髻も泥灰も斷食も、又地臥も塵糞も蹲踞の勞も疑を離れざる衆生を淨めず。

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露形―苦行の一種。
螺髻―頭髮を切らずして苦行なす事。
泥灰―身に泥灰を塗る、苦行の一種。
塵糞―塵糞中に臥すなり。
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一四二 (身を)嚴飾せずと雖も、行ふ所公平に、寂靜に、調柔に、恣ままならず、淨行を行じ、一切群生を傷害せざる人は婆羅門なり、彼は沙門なり、彼は比丘なり。
一四三甲 誰か世間に於て慚を以て己を制するものぞ、非難の起るを知つて此を避くること良馬の鞭に於けるが如く、
一四三乙 鞭を加へられたる良馬の如く汝等應に努力せよ。
一四四 信に由り戒に由り又勇猛に由り心統一に由りまた眞理の簡擇に由り、明と行とを具足し失念せず、此の少なからざる苦を捨離せよ。
一四五 疏水師は水を導びき、矢人《やつくり》は箭を調へ、木工は木を調へ、善行者は己を調ふ。
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    第十一 老耄の部

一四六 何を笑ひ何ぞ喜ばん、(世は)常に熾然たり、汝等黒闇に擁蔽さる、奚ぞ燈明を求めざる。

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熾然―世の一切萬物悉く無常にして滅壞するを火の熾んに燃ゆるに譬へたるなり。
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一四七 見よ、雜色の影像は積集せる瘡痍の體なり、痛み、欲望多し、此に堅固常住あることなし。

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影像―身體の謂にして其堅實の自體なきを譬ふ。
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一四八 此の容色は衰ふ、病の巣なり、敗亡に歸す、臭穢の積集は壞る、生は必ず死に終る。
一四九 秋の(棄てられたる)瓢の如き、此の棄てられたる、灰白の骨を見て何ぞ愛樂《あいげう》あらん。
一五〇 骨を以て城とし、肉と血とを塗り、中に老と死と慢と覆とを藏す。

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覆―自罪を隱藏するを云ふ。
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一五一 王車の美はしきも必らず朽つ、身もまた是の如く衰ふ、但だ善の徳は衰へず、これ善士の互に語る所なり。
一五二 愚人の老ゆるは牛の(老ゆるが)如し、彼の肉は増すも彼の慧は増さず。
一五三 吾れ屋宅の作者を求めて此を見ず、多生の輪廻を經たり、生々苦ならざるなし。

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屋宅―變化的生死の存在を喩ふ。
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一五四 屋宅の作者よ、汝は見られたり、再び屋宅を造る勿れ、汝のあらゆる桷は折れたり、棟梁は毀れたり、心は造作すること無し、愛欲を盡し了る。
一五五 淨行を行ぜず、壯にして財を得ずんば魚なき池の中にて衰へたる鵝の(死する)如く死す。
一五六 淨行を行ぜず、壯にして財を得ずんば往事を追懷して臥す、敗箭の如し。
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    第十二 己身の部

一五七 人若し己を愛すれば須らく善く愼みて己を護れ、智者は三時の中一たびは自ら省みる所あるべし。
一五八 初めに自ら應爲に住すべし、而して後他人を誨へよ、(斯くする)智者は煩はざらん。
一五九 他に誨ゆる如く自ら剋修すべし、(自ら)善く調《をさ》めて而して後能く(他を)調む、己を調むるは實に難し。
一六〇 己を以て主とす、他に何ぞ主あらんや、己を善く調めぬれば能く得難き主を得。
一六一 自の造れる、自より生ぜる、自に因る罪は愚者を壞る、猶ほ金剛の寶石を(壞るが)如し。
一六二 人若し少しも戒を持たずんば、蔓の滋れる沙羅樹の如く、自ら敵の欲するまゝに擧動《ふるま》ふ。

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蔓の滋れる沙羅樹―多くの蔓草に纏はれたる沙羅樹は枯るゝが如く、人若し少しも戒を持たずんば己を亡ぼす、これ怨敵の欲樂する所なり。
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一六三 不善と己を益せざることは爲し易し、益し且善くある事は甚だ爲し難し。
一六四 尊き如法なる聖人の教を譏る愚人は惡見に據る、彼は劫※[#「咤−宀」、第3水準1−14−85]迦樹の如く果熟すれば己を亡ぼす。
一六五 自ら罪を造りて汚れ、自ら罪を造らずして自ら淨めり、淨不淨は己に屬す、他に由りて淨めらるゝことなし。

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汚れ―惡の果報を受くるを云ふ。
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一六六 他を利することは如何に重大なりとも、己を益することを廢《や》むべからず、己の本分を識りて恆に本分に專心なれ。
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    第十三 世俗の部

一六七 下劣の法を習ふべからず、放逸に住すべからず、邪見を習ふべからず、世俗を助長すべからず。
一六八 發起せよ、放逸なる勿れ、妙行の法を行ぜよ、如法の行者は快く寐ぬ、今世にも亦他(世)にも。
一六九 妙行の法を行ぜよ、惡行の法を行ずる勿れ、如法の行者は快く寐ぬ、今世にも亦他(世)にも。
一七〇 (世は)泡沫の如しと觀よ、(世は)陽炎の如しと觀よ、斯く世間を觀察する人を死王は見ることなし。
一七一 來れ、雜色の王車に等しき此の世間を見よ、愚者は此中に沈溺す、智者に執著あることなし。
一七二 人若し先に放逸なるも後に不放逸なれば能く此の世間を照す、雲を出たる月の如く。
一七三 人若し先に惡業を作るも(後に)善を以て此を滅せば能く此の世間を照す、雲を出たる月の如く。
一七四 此の世は黒暗なり、此の中にて能く見るもの稀なり、網を脱れて天に到る鳥の稀なるが如く。
一七五 鵝鳥は日の道を行く、(人は)通力によりて虚空を行く、賢人は魔と其軍衆とを亡ぼし世間を離る。

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鵝鳥―候鳥の一種と謂はる。
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一七六 一法を犯し、(且つ)妄語し、他世を信ぜざる人は惡として造らざるなし。
一七七 貪る人は天に往かず、愚者は決して施與を贊せず、賢人は施與を隨喜し、此に由つて他生に樂を受く。
一七八 地上を統治するよりも、また天に往くよりも、一切世界の王位よりも預流の果を勝れたりとす。

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預流の果―佛教に確信を得ること。
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    第十四 佛陀の部

一七九 已に自ら勝つて(他に)勝たれず、他人の達する能はざる勝利を得たる彼の(智見)無邊の佛陀を、如何なる道に由つて邪道に導かんとするや。
一八〇 誘惑し阻礙する愛の爲に導き去らるゝことなき、彼の(智見)無邊の佛陀を、如何なる道に由つて邪道に導かんとするや。
一八一 賢人は靜慮を專修し出家の寂靜を喜こぶ、諸神すら此の正等覺熟慮者を羨やむ。
一八二 人身を得ること難し、生れて壽あること難し、妙法を聞くこと難し、諸佛世に出ること難し。
一八三 諸の惡を作さず、善を奉行し、自心を淨む、是れ諸佛の教なり。
一八四 苦を忍受する忍は最勝の苦行なり、涅槃を第一とす、(是れ)諸佛の説なり、他を損ふ出家なく、他を惱ます沙門なし。
一八五 誹らず、害はず、言動を愼しみ、食するに量を知り、閑靜の處に坐臥し、專心に思惟す、是れ諸佛の教なり。
一八六 天金錢を雨すも欲は尚ほ飽くことなし、欲は味少なく苦なりと識る人は賢なり。
一八七 天上の欲樂に於ても悦びを得ず、愛盡を悦ぶものは正等覺者の弟子なり。
一八八 衆人怖に逼められて、多くの山、叢林、園苑、孤樹、靈廟に歸依す。
一八九 此の歸依は勝に非ず、此の歸依は尊に非ず、此の歸依に因つて能く諸の苦を解脱せず。
一九〇 佛と法と僧とに歸依し、正慧を以て四の聖《たふと》き諦《まこと》を觀察し、

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四の聖き諦―次の頌に言ふ所の、苦と、苦の起と、苦の滅と、苦盡に至る道なり。
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一九一 苦と、苦の起と、又苦の滅と、又苦盡に至る八支の聖道を(觀察すれば)、
一九二 此の歸依は勝なり、此の歸依は尊なり、此の歸依に因つて能く衆苦を解脱す。
一九三 尊き人は得難し、彼は隨處に生るゝに非ず、是の如き賢人の生るゝ族は安樂にして榮ゆ。
一九四 諸佛の出現は樂なり、正法を演説するは樂なり、僧衆の和合するは樂なり、和合衆の勇進するは樂なり。
一九五 應に供養せらるべき、戲論を超出せる、已《すで》に憂と愁とを渡れる、佛陀又は佛弟子を供養し、
一九六 是の如き安穩にして畏怖なき(聖者)を供養する人あらんに、能く此の福の量を計るものあらじ。
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    第十五 安樂の部

一九七 怨の中に處て慍らず、極めて樂しく生を過さん、怨ある人の中に處て怨なく住せん。
一九八 痛の中に處て痛まず、極めて樂しく生を過さん、痛める人の中に處て痛なく住せん。
一九九 貪の中に處て貪らず、極めて樂しく生を過さん、貪る人の中に處て貪らずして住せん。
二〇〇 少物をも所有せず、極めて樂しく生を過さん、喜を以て食とせん、極光淨天の如く。

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極光淨天―天國に居る一類の神。
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二〇一 勝利は怨を生ず、敗者は苦しんで臥す、勝敗を離れて寂靜なる人は樂しく臥す。
二〇二 貪に比すべき火なく、瞋に比すべき罪なく、蘊に比すべき苦なく、寂に勝るゝ樂なし。

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蘊―變化的生存の要素の集合。
寂―涅槃。
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二〇三 飢は最上の病なり、蘊は最上の苦なり、若し人如實に此を知れば最上樂の涅槃あり。
二〇四 利の第一は無病なり、滿足の第一は財なり、親族の第一は信頼なり、樂の第一は涅槃なり。
二〇五 遠離の液を飮み、又寂靜の液を(飮み)、(又)法喜の液を飮みて罪過を離れ(又)惡を離る。
二〇六 善い哉聖を見ること、(聖と)共に住するは樂なり、凡愚を見ずんば常に樂なるべし。
二〇七 凡愚と倶に道を行けば、長途に憂ふ、凡愚と共に住するは敵と(共に住するが)如く恆に苦なり、智者と共に住するは樂なり
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