專心に華を採る人を死は捕へ去る、宛も眠れる村人を暴流が(漂蕩する)如くに。
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華を採る―可意の境に貪著するに喩ふ。
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四八 專心に華を採る人を死は制服す、欲に於て飽かざるうちに。
四九 蜂が華と色と香とを損ぜずに蜜を取りて飛び去る如く、智者の村に乞食するも亦然るべし。
五〇 他の過失と他の作と不作とを(觀るべから)ず、たゞ己の作と不作とを觀るべし。
五一 可愛の麗はしき華に香なきが如く、善き教の語も實行せざれば其の果なし。
五二 可愛の麗はしき華に香あるが如く、善き教の語は正しく行へば其の果あり。
五三 諸の華を聚めて多くの華鬘を造り得べきが如く、人と生れたれば多くの善を作すべし。
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「華」を多くの善に喩へ、「華鬘」を來世の善果に喩へり。
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五四 華の香は風に逆つて薫らず、栴檀も多掲羅も末利迦も亦然り、しかるに善人の香は風に逆つて薫ず、善士は一切の方に薫る。
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多掲羅―香の名、零冷香と譯す。
末利迦―香木の名、※[#「木/示」、第4水準2−14−51]と譯す。
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五五 栴檀又多掲羅將た又青蓮華、跋師吉の其等の香も戒の香に如かじ。
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跋師吉―香木の名、末利迦の類なり。
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五六 多掲羅や栴檀の香は微小なり、具戒者の香は諸天の間に薫じて比類なし。
五七 戒を具へ、不放逸に住し、正知解脱のものには魔羅便りを得ず。
五八 大道に遺棄せられたる塵芥聚の中に芳香悦意の蓮華生ずる如く、
五九 是の如く塵芥に等しき盲ひたる凡夫の中に正自覺者の弟子は慧明を以て顯はる。
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正自覺者―佛のこと。
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第五 愚闇の部
六〇 寢ねざる人には夜長く、疲れたる人には路長く、正法を知らざる凡愚には生死長し。
六一 道を行きて、己より勝れたる人又は己に等しき人に逢はずんば寧ろ獨り行きて誤らざれ、愚者の伴侶とすべきなし。
六二 「我が子なり、我が財なり」と思惟して凡愚は苦しみ惱む、我の我|已《すで》にあることなし、誰の子ぞ誰の財ぞ。
六三 愚者にして(己れ)愚なりと想ふは已《すで》に賢なり、愚にして(己れ)賢なりと想ふ人こそ實に愚と謂《い》はる。
六四 愚者は終生賢人に近づくも正法を知らず、匙の汁味を(知らざる)如し。
六五 智者は瞬時賢人に近づくと雖も速に正法を知る、舌の汁味を(知る)如し。
六六 愚癡無智の凡夫は己《おのれ》に對して仇敵の如くふるまひ、惡業を作して苦痛の果を得。
六七 造り已《をは》りて後悔し、顏に涙を流し、泣きて其果報を受くべき業は、善く作られたるに非ず。
六八 造り已りて後悔せず、死して後悦こびて其果報を受くべき業は、善く作られたるなり。
六九 罪過の未だ熟せざる間は愚者は以て蜜の如しと爲す。罪過の正に熟する時に至りて(愚者は)苦惱す。
七〇 愚者は日々茅草の端を以て飮食するあらんも、彼は法を思擇せる人の十六分の一に及ばず。
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茅草の端を以て飮食する―苦行者の如く飮食を節減するを言ふ。
思擇―知り判けること。
十六分の一―一小部分。
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七一 造られたる惡業は猶ほ新たに搾れる牛乳の如し、(即時に)熟し了はらず、隨逐して愚者を惱ます、猶ほ灰に覆はれたる火の如し。
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灰に覆はれたる火―熱氣容易に去らず、業力の執拗なるに喩ふ。
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七二 (他を)損害せんとする思慮が愚者に生ずる間は、(其思慮は)愚者の白分を亡ぼし彼の頭を斷つ。
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白分―所謂美點。
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七三 虚しき尊敬を望む人多し、比丘衆の中にては先にせられんことを(望み)、住處の中には主權を(望み)、他家の中には供養せられんことを(望む)。
七四 在家も亦出家も「此れ正に我が與《ため》に造られたり」と謂《おも》ひ、「諸の所作と非所作の中に於ける何事も實に我が隨意たるべし」と謂《おも》へる人あり、此れ愚者の思量する所、(斯くして彼愚者の)欲望と高慢と増長す。
七五 一は利養の道、一は涅槃の道、斯く通達する佛陀の弟子なる比丘は、名聞を好むべからず、益々遠離に住すべし。
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第六 賢哲の部
七六 伏藏を告ぐる人の如く、(人に)避くべきことを示し、訓誡する聰慧者に遭ふときは此の賢人に侶となれ、斯かる人を侶とするときは勝利ありて罪過なし。
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伏藏―寶の埋沒してある處。
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七七 教授せよ教誡せよ、不應爲の事を避けよ、彼は善人の愛する所にして不善人の愛せざる所なり。
七八 惡友に伴なはざれ、下劣の人を侶とせざれ、善友に伴なへ、上士を侶とせよ。
七九 法(水)を飮める者は快よく眠り、心淨く、(斯かる)賢人は常に聖所説の法を樂しむ。
八〇 疏水師は水を導びき、矢人《やつくり》は箭を調へ、木工は木を調へ、智者は己を調ふ。
八一 磐石は風に搖がざるが如く、賢人は毀《そし》りと譽れの中に於て動かず。
八二 深き淵は澄みて靜なるが如く、智者は道を聞きて安泰なり。
八三 善士は一切を棄て、欲を貪らず、愁嘆せず、樂に會うても又苦に會うても汲々たらず又戚々たらず。
八四 (善士は)己の爲にも亦他の爲にも、子孫を希はざれ、財も、又土地も、不法に由りて己の繁榮を希はざれ、彼は善く聰く正しくあれ。
八五 多くの人の中に於て少數の人あり彼岸に達す、餘の人は此方の岸の上に彷徨す。
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彼岸―涅槃。
此方の岸―輪廻界。
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八六 正しく説かれたる法あるとき其法を遵行する人のみ彼岸に到る、死の境域は越ゆること甚だ難し。
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死の境域―輪廻の郷。
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八七 智者は黒法を離れて白(法)を修すべし、在家より非家に趣き、悦び難き孤獨を
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黒・白―次頌の如く惡・善の異名。
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八八 樂ふべし、智者は諸の欲を去り、一物をも所有せず、己を淨めて諸の煩惱を除くべし。
八九 心は正しき菩提《さとり》の要素を正しく修習し、執著無く、執著を棄つることを樂しみ、心の穢を盡し、知見を具する人は、現世に於て(已《すで》に)涅槃に入れるなり。
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第七 阿羅漢の部
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阿羅漢―應供と譯す、人の尊敬を受くべき資格ある義、又は殺賊の義、煩惱の賊を已に殺したるを云ふ。
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九〇 經べき途を已に過ぎ、憂を除き、一切に於て解脱し、一切の縛を斷てる人には苦惱あることなし。
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經べき道―有爲の輪廻を指す。
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九一 彼等は精勤し、熟慮して住宅を喜ばず、鵝の小池を棄つるが如く、彼等はあらゆる住處を棄つ。
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住宅―生死界。
住處―生死界。
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九二 若し人蓄積する所なく、受用度あり、(心)空、無相、解脱に遊ぶときは、其人の行跡は尋ぬべきこと難し、猶ほ虚空に於ける鳥の跡の如し。
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行跡尋ぬべきこと難し―已に變化的存在なる迷界を出で涅槃界に入れるを云ふ。
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九三 若し人心の穢を盡し、飮食を樂著せず、(心)空、無相、解脱に遊ぶときは、其人の行跡は尋ぬべきこと難し、猶ほ虚空に於ける鳥の(跡の)如し。
九四 若し人感官を制し、御者に善く馴らされたる馬の如くし、貢慢を斷ち、心の穢を盡せば、諸神すら、斯かる如なる人を羨む。
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如なる人―佛の羅漢弟子を指す。
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九五 如なる人は地の如く爭はず、閾の如く能く愼しみ、淤泥なき池の如し、如なる人に輪廻なし。
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地の如く爭はず―世の毀嗤貶黜を甘受するを云ふ。
閾の如く愼しみ―俗に所謂踐みつけられても身口に怒を發せざるなり。
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九六 意寂靜、語も業も亦寂靜なる如なる人は、正智にて解脱し、安穩を得たる人なり。
九七[#「九七」は底本では「六七」] (餘の)信を離れ、無作を證し、(續生の)結を斷ち、誘惑を斥ぞけ、希望を棄てたる人こそ眞の最上士なれ。
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無作―涅槃の異名。
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九八 村落に於ても、將た林中に於ても、平野に於ても、高原に於ても、阿羅漢の住する處は樂しからざるなし。
九九 林は愛樂すべし、これ俗人の好まざる所、離欲の人は此を樂しむ、彼等は愛欲を求めざるが故なり。
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第八 千の部
一〇〇 無益の句より成る一千言よりも、聞きて安穩を得る一の益ある句を勝れたりとす。
一〇一 無益の句より成る一千偈よりも、聞きて安穩を得る一の偈文を優れたりとす。
一〇二 無益の句より成る百偈を誦むも、聞きて安穩を得る一法句を(誦むに)如かず。
一〇三 戰場に於て千々の敵に克つよりも、一の己に克つ人こそ實に戰士中の最上と云ふべけれ。
一〇四 己に克つを勝れたりとす、他の諸人に克つに非ず、自己を從へ、所行常に節制ある人の勝利には
一〇五 神も健闥婆も亦魔羅も及び梵も、斯かる人の勝利には反抗する能はず。
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健闥婆は鬼神の一種。
魔羅又は惡魔と云ふ。
梵は造物主神なり。
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一〇六 一人は月々千囘祠り、百歳を經、一人は一須臾たりとも修養せる人を供養せんに、其の供養は百歳の祠に勝る。
一〇七 人あり、百歳の間、林の中にて阿祁尼に奉事し、一人は一須臾たりとも修養せる人を供養せんに、其の供養は百歳の祠に勝る。
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阿祁尼―火神。
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一〇八 世の中に、或は犧牲を供へ、或は火に供物を投じて福を求めて一年を通じて供養し、其全部を擧げても四分の一にも値ひせず、直者を禮敬するに如かず。
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火に供物を投ずる―烟となりて天上に昇り神邊に達せしむるの意にて即ち神に供養する式。
四分の一にも値ひせず―效果極めて少し。
直者阿羅漢。
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一〇九 能く禮敬を守り、常に長老を尊ぶものには四事増長す、壽と美と樂と力と。
一一〇 若し人壽百歳なるも惡戒散動なれば、一日生きて具戒靜慮するに若かず。
一一一 若し人壽百歳なるも惡慧散動なれば、一日生きて具慧靜慮するに若かず。
一一二 若し人壽百歳なるも懈怠怯弱なれば、一日生きて勇猛努力堅固なるに若かず。
一一三 若し人壽百歳なるも生と滅とを見ざれば、一日生きて生滅を見るに若かず。
一一四 若し人壽百歳なるも甘露處を見ずんば、一日生きて甘露處を見るに如かず。
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甘露處―不死處とも言ひて涅槃を指す。
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一一五 若し人壽百歳なるも最上法を見ずんば、一日生きて最上法を見るに若かず。
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第九 惡行の部
一一六 善に急げ、惡に對して心を護れ、福を造りて怠り鈍れば、意は惡行を欣こぶ。
一一七 人若し惡を作すも此を再三する勿れ、惡を樂ふ勿れ、惡の積集は苦なり。
一一八 人若し福を作せば此を再三すべし、福を樂へ、福の積集は樂なり。
一一九 惡果未だ熟せざる間は惡人も尚ほ幸に遭ふ、惡果の熟する時に至れば(惡人は)惡に遭ふ。
一二〇 善果未だ熟せざる間は善人も尚ほ惡に遭ふ、善果の熟する時に至れば(善人は)善に遭ふ。
一二一 彼れ我に報い來らざるべしと想ひて惡を輕んずる勿れ、水の點滴能く水瓶を盈たす、(惡は)少しづつ積むと雖も愚者は惡にて盈つ。
一二二 彼れ我に報い
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