街《まち》のまん中で、よいからさめるかもしれません。それともこの半島のはしの、海にのぞんだ崖《がけ》っぷちの上で目がさめ、びっくりするようなことになるかもしれません。なにしろ若い牛は元気がいいので、ひと晩のうちに十里くらいは歩くでしょうから。
 「和太郎さんはいい牛を持っている」とみんなはいっていました。「まるで、気がよくきいて親切《しんせつ》なおかみさんのような」といっていました。

       二

 ところで、和太郎さんのおかみさんのことです。
 和太郎さんは、おかみさんについて悲しい思い出がありました。
 和太郎さんも、若かったとき、ひとなみにお嫁《よめ》さんをもらいました。
 いままで、年とった目っかちのおかあさんとふたりきりの、さびしい生活をしていましたので、若いお嫁さんがくると、和太郎さんの家は、毎日がお祭のように、明るくたのしくなりました。
 美しくて、まめまめしく働くお嫁さんなので、和太郎さんも目っかちのおかあさんも、喜んでいました。
 けれど、和太郎さんは、ある日、おかしなことに目をつけました。それは、ご飯を家じゅう三人でたべるとき、お嫁さんがいつも、顔を横にむけ
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