もう仕事にいくのかと、みんなはぼんやりした目で見ていました。
 牛車が駐在所の前を通るとき、のっていた男が、
 「おい、おまえら、朝早いのう。きょうは道ぶしんでもするかえ」
といいました。
 見たことのある男だと思って、みんながよく見ると、それが和太郎さんだったのです。
 「なんだやい。おれたちァ、おまえをさがして夜じゅう、山ん中を歩いておっただぞィ」
と、亀菊《かめぎく》さんがいいました。
 「ほうかィ。そいつァはご苦労だったのォ」
といって、和太郎さんは牛車から下りもせずに、家の方にいってしまいました。
 「なんのことか」と、村びとたちはあいた口がふさがりませんでした。こんなことなら、大さわぎして山の中をさがしまわるなど、しなくてもよかったのです。
 これは、和太郎さんをみんなで、しかりつけてやらねばならないと、年より連中《れんちゅう》はいいました。それでないとくせになるから、というのでした。そこでみんなはねむい目をこすりながら、和太郎さんの家につめかけていきました。
 和太郎さんは庭で、よぼよぼ牛をくびき[#「くびき」に傍点]からはずして、たらいに水をくんで飲ませていました。
 
前へ 次へ
全32ページ中25ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
新美 南吉 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング