もう仕事にいくのかと、みんなはぼんやりした目で見ていました。
牛車が駐在所の前を通るとき、のっていた男が、
「おい、おまえら、朝早いのう。きょうは道ぶしんでもするかえ」
といいました。
見たことのある男だと思って、みんながよく見ると、それが和太郎さんだったのです。
「なんだやい。おれたちァ、おまえをさがして夜じゅう、山ん中を歩いておっただぞィ」
と、亀菊《かめぎく》さんがいいました。
「ほうかィ。そいつァはご苦労だったのォ」
といって、和太郎さんは牛車から下りもせずに、家の方にいってしまいました。
「なんのことか」と、村びとたちはあいた口がふさがりませんでした。こんなことなら、大さわぎして山の中をさがしまわるなど、しなくてもよかったのです。
これは、和太郎さんをみんなで、しかりつけてやらねばならないと、年より連中《れんちゅう》はいいました。それでないとくせになるから、というのでした。そこでみんなはねむい目をこすりながら、和太郎さんの家につめかけていきました。
和太郎さんは庭で、よぼよぼ牛をくびき[#「くびき」に傍点]からはずして、たらいに水をくんで飲ませていました。
「やい、和太」と村でりこうもんの次郎左《じろうざ》ェ門《もん》さんがいいかけました。「おぬしは、村じゅうのもんにえらい迷惑をかけたが、知っとるかや。おれたち、村のもんは、ゆうべひとねむりもせんで、山から谷から畑から野までかけずりまわって、おぬしをさがしたのだが、おぬしは、それに対してだまっておってええだかや」
これでは次郎左ェ門さんもそうさく隊にはいっていたようにきこえますが、ほんとうは、ついさっきまで家でねていたのです。
和太郎さんは、次郎左ェ門さんのことばをきくと、びっくりしました。たいそう村の人たちにすまないと思いましたので、「そいつァ、すまなかったのォ」と十三べんもいって、そのたびに頭をかいたり、背中《せなか》をかいたりしました。そして、牛もじぶんもよってしまったので、こんなことになってしまった、と説明しました。
村の人たちはいい人ばかりなので、じきに、腹がおさまりました。そこでこんどは、いろいろ和太郎さんにききはじめました。
「和太さん、それで、いままでどこをうろついていただィ」
と、亀徳《かめとく》さんがききました。
和太郎さんは首をかしげて、
「どこだか、はっ
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