きりしねえだ。右へかたむいたり、左へかたむいたり、高いところにのぼったり、ひくいところに下りたりしたことをおぼえているだけでのォ」
と、こたえました。
「それで、無燈で歩いとったのか」
と、おまわりさんの芝田《しばた》さんはききました。
「無燈じゃごぜえません。ここに小田原《おだわら》ちょうちんがつけてありますに、ごらんくだせェ」
といって、和太郎さんは牛車の下へ頭をつっこみました。
ところが小田原ちょうちんは、上半分しか残っていませんでした。どうやら、水でぬれたため、紙がやぶれて、コイルのようにまいてあった骨がだらりとのび、それがとちゅうでなにかにひっかかって、ちぎれてしまったらしいのです。
「水にぬれたので、こんなになっちめえました」
と和太郎さんは、ちぎれて半分の小田原ちょうちんをはずして見せました。
「そういえば、牛車も牛も、和太郎さんの着物も、ぐっしょりぬれているが、こりゃ夜つゆにしてはひどすぎるようだ」と、だれかがいいました。
「ひょっとすると、どこかの池の中でも通ってきたのじゃねえか」
と、亀徳さんがいいました。
「まさか、そ、そんなことはありません」
と和太郎さんは、おかあさんがそばにいるので、あわててうちけしました。おかあさんに心配させたくなかったからです。
しかし、和太郎さんがいくらうちけしてもむだでありました。というのは、和太郎さんのふところから、大きなふなと、げんごろう虫と、かめの子が出てきたからであります。こういうものは池にしかいないものです。してみると和太郎さんの牛車は、どこかの池の中を通ってきたのです。
「この黄色い花はなんだろう」
とまた、だれかがいいました。見ると、よぼよぼ牛の前あしのつめのわれめに、黄色い花がひとふさ、はさまっておりました。
「れんぎょうの花ともちがうようだ。このへんじゃいっこう見ねえ花だなァ」
と、ひとりがいいました。
「そりゃ、えにしだの花だ。えにしだは、このへんにゃめったにない。まァず、南の方へ四里ばかりいくと、ろっかん[#「ろっかん」に傍点]山のてっぺんに、このえにしだのむらがってさくところがあるげな。そして、ろっかん[#「ろっかん」に傍点]山のきつねは、月のいい晩なんかそのかげで、胡弓《こきゅう》をひくまねなんかしとるげなが」
と、植木職人の安さんがいいました。
和太郎さんはしかた
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