トから懐中|時計《どけい》をつまみ出して、時間を見ました。少佐は、ふとそれに目をとめて、
 「あ、ちょっと待ちたまえ。その時計を見せてくれないか」
 「とけい?」
 中国人は、なぜそんなことをいうのか、ふ[#「ふ」に傍点]におちないようすで、おずおずさし出しました。少佐が手にとってみますと、それは、たしかに、十年まえ、じぶんが張紅倫《ちょうこうりん》にやった時計です。
 「きみ、張紅倫というんじゃないかい」
 「えっ!」と、中国人のわかものは、びっくりしたようにいいましたが、すぐ、「わたし、張紅倫ない」
と、くびをふりました。
 「いや、きみは紅倫君だろう。わしが古井戸の中に落ちたのを、すくってくれたことを、おぼえているだろう? わしは、わかれるとき、この時計をきみにやったんだ」
 「わたし、紅倫ない。あなたのようなえらい人、あなに落ちることない」
といってききません。
 「じゃあ、この時計はどうして手に入れたんだ」
 「買った」
 「買った? 買ったのか。そうか。それにしてもよくにた時計があるもんだな。ともかくきみは紅倫にそっくりだよ。へんだね。いや、失礼、よびとめちゃって」
 「さ
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