よなら」
 中国人はもう一ぺん、ぺこんとおじぎをして、出ていきました。
 そのよく日、会社へ、少佐にあてて無名の手紙がきました。あけてみますと、読みにくい中国語で、
 『わたくしは紅倫です。あの古井戸からおすくいしてから、もう十年もすぎましたこんにち、あなたにおあいするなんて、ゆめのような気がしました。よく、わたくしをおわすれにならないでいてくださいました。わたくしの父はさく年死にました。わたくしはあなたとお話がしたい。けれど、お話したら、中国人のわたくしに、軍人だったあなたが古井戸の中からすくわれたことがわかると、今の日本では、あなたのお名まえにかかわるでしょう。だから、わたくしはあなたにうそをつきました。わたくしは、あすは、中国へかえることにしていたところです。さよなら、おだいじに。さよなら』
と、だいたい、そういう意味のことが書いてありました。


[#入力者註:底本では「中国」「支那」が共に使われているが、「中国」に統一した。混用すると作者の意図と別の意味が生じると思われるからである。また、書かれた時代から考えると「支那」で統一すべきかもしれないが、この童話を今読むためには「中
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