をおさえさせた。ま昼間、心もたしかなのに、久助君は、じぶんのすぐかたわらから、もうひとりの久助君が、すくっと立ちあがって、
「先生!」
といいはじめる幻影《げんえい》を、三ども四ども、はっきり見たのだった。耳がじいんとなって、両手にあせをにぎっていた。
二カ月、三カ月とすぎた。まだ兵太郎君は、学校へすがたを見せない。そのあいだ、久助君は兵太郎君について、ほとんどなにも聞かなかった。ただ一ど、こういうことがあった。ある朝、久助君が教室にはいってくると、ちょうどいきちがいに、ふたりの級友が、つくえをひとつ、ろうかへさげ出していった。
「だれのだい」
と、なにげなくきくと、ひとりが、
「兵タンのだよ」
とこたえた。それだけであった。それからこういうことがもう一どあった。薬屋の音次郎君がある午後、うら門の外で久助君を待っていて、いまから兵タンのところへ薬を持っていくから、いっしょにいこうとさそった。久助君はびっくりしたが、同意して出かけた。薬は、アスピリンという、よく熱をとる薬だそうである。兵太郎君はかぜをひいたのがもとだから、このアスピリンで熱をとれば、すぐなおってしまうと、音次郎君は、医
前へ
次へ
全19ページ中13ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
新美 南吉 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング