ゆきませんでした。
さて文六ちゃんは、ひとりで、月にあかるい谷地へおりてゆく細道をくだりはじめました。どこかで、蛙《かえる》がくくみ声で鳴いていました。
文六ちゃんは、ここから、じぶんの家までは、もうじきだから、誰も送ってくれなくても、困るわけではないのです。だが、いつもは送ってくれたのです、今夜にかぎっておくってくれないのです。
文六ちゃんは、ぼけんとしているようでも、もうちゃんと知っているのです、みんなが、じぶんの下駄のことで何といいかわしたか、また、じぶんが咳《せき》をしたためにどういうことになったかを。
祭にゆくまでは、あんなに、じぶんに親切にしてくれたみんなが、じぶんが、夜新しい下駄をはいて狐にとりつかれたかしれないために、もう誰一人かえりみてくれない、それが文六ちゃんにはなさけないのでした。
義則君なんか文六ちゃんより四年級も上だけれど親切な子で、いつもなら、文六ちゃんが寒そうにしていると、洋服の上に着ている羽織《はおり》をぬいでかしてくれたものでした(田舎《いなか》の少年は寒い時、洋服の上に羽織を着ています)。それだのに、今夜は、文六ちゃんが、いくら咳をしていて
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