柑畑《みかんばたけ》になっている屋敷にかこわれて、一軒きり、谷地《やち》にぽつんと立っていました。子供たちはいつも、水車のところから少し廻りみちして、文六ちゃんを、その家の門口《かどぐち》まで送ってやることにしていました。なぜなら、文六ちゃんは樽屋の清六さんの一人きりの大事な坊《ぼっ》ちゃんで、甘えん坊だからです。文六ちゃんのお母さんが、よく、蜜柑やお菓子をみんなにくれて、文六ちゃんと遊んでやってくれとたのみに来るからです。今晩も、お祭にゆくときには、その門口まで、文六ちゃんを迎えに行ってやったのでした。
 さてみんなは、とうとう、水車のところに来ました。水車の横から細い道がわかれて草の中を下へおりてゆきます。それが文六ちゃんの家にゆく道です。
 ところが、今夜は誰も、文六ちゃんのことを忘れてしまったかのように、送ってゆこうとするものがありません。忘れたどころではありません、文六ちゃんがこわいのです。
 甘えん坊の文六ちゃんは、それでも、いつも親切な義則君だけは、こちらへ来てくれるだろうと思って、うしろをむきむき、水車のかげになってゆきました。
 とうとう、だれも文六ちゃんといっしょに
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