の中《うち》には、拳骨《げんこつ》のように固《かた》い決心《けっしん》があったのです。今《いま》までお菓子《かし》につかったお金《かね》を、これからは使《つか》わずにためておいて、しんたのむね[#「しんたのむね」に傍点]の下《した》に、人々《ひとびと》のための井戸《いど》を掘《ほ》ろうというのでありました。
海蔵《かいぞう》さんは、腹《はら》も歯《は》もいたくありませんでした。のどから手《て》が出《で》るほど、お菓子《かし》はたべたかったのでした。しかし、井戸《いど》をつくるために、今《いま》までの習慣《しゅうかん》をあらためたのでありました。
五
それから二|年《ねん》たちました。
牛《うし》が葉《は》をたべてしまった椿《つばき》にも、花《はな》が三つ四つ咲《さ》いたじぶんの或《あ》る日《ひ》、海蔵《かいぞう》さんは半田《はんだ》の町《まち》に住《す》んでいる地主《じぬし》の家《いえ》へやっていきました。
海蔵《かいぞう》さんは、もう二《ふ》タ月《つき》ほどまえから、たびたびこの家《いえ》へ来《き》たのでした。井戸《いど》を掘《ほ》るお金《かね》はだいたいできたのですが、いざとなって地主《じぬし》が、そこに井戸《いど》を掘《ほ》ることをしょうちしてくれないので、何度《なんど》も頼《たの》みに来《き》たのでした。その地主《じぬし》というのは、牛《うし》を椿《つばき》につないだ利助《りすけ》さんを、さんざん叱《しか》ったあの老人《ろうじん》だったのです。
海蔵《かいぞう》さんが門《もん》をはいったとき、家《いえ》の中《なか》から、ひえっというひどいしゃっくり[#「しゃっくり」に傍点]の音《おと》がきこえて来《き》ました。
たずねて見《み》ると、一昨日《いっさくじつ》から地主《じぬし》の老人《ろうじん》は、しゃっくり[#「しゃっくり」に傍点]がとまらないので、すっかり体《からだ》がよわって、床《とこ》についているということでした。それで、海蔵《かいぞう》さんはお見舞《みま》いに枕《まくら》もとまできました。
老人《ろうじん》は、ふとんを波《なみ》うたせて、しゃっくり[#「しゃっくり」に傍点]をしていました。そして、海蔵《かいぞう》さんの顔《かお》を見《み》ると、
「いや、何度《なんど》お前《まえ》が頼《たの》みにきても、わしは井戸《いど》を掘《ほ》
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