らせん。しゃっくり[#「しゃっくり」に傍点]がもうあと一|日《にち》つづくと、わしが死《し》ぬそうだが、死《し》んでもそいつは許《ゆる》さぬ。」
と、がんこにいいました。
 海蔵《かいぞう》さんは、こんな死《し》にかかった人《ひと》と争《あらそ》ってもしかたがないと思《おも》って、しゃっくり[#「しゃっくり」に傍点]にきくおまじないは、茶《ちゃ》わんに箸《はし》を一|本《ぽん》のせておいて、ひといきに水《みず》をのんでしまうことだと教《おし》えてやりました。
 門《もん》を出《で》ようとすると、老人《ろうじん》の息子《むすこ》さんが、海蔵《かいぞう》さんのあとを追《お》ってきて、
「うちの親父《おやじ》は、がんこでしようがないのですよ。そのうち、私《わたし》の代《だい》になりますから、そしたら私《わたし》があなたの井戸《いど》を掘《ほ》ることを承知《しょうち》してあげましょう。」
といいました。
 海蔵《かいぞう》さんは喜《よろこ》びました。あの様子《ようす》では、もうあの老人《ろうじん》は、あと二、三|日《にち》で死《し》ぬに違《ちが》いない。そうすれば、あの息子《むすこ》があとをついで、井戸《いど》を掘《ほ》らせてくれる、これはうまいと思《おも》いました。
 その夜《よる》、夕飯《ゆうはん》のとき、海蔵《かいぞう》さんは年《とし》とったお母《かあ》さんに、こう話《はな》しました。
「あのがんこ者《もん》の親父《おやじ》が死《し》ねば、息子《むすこ》が井戸《いど》を掘《ほ》らせてくれるそうだがのオ。だが、ありゃ、もう二、三|日《にち》で死《し》ぬからええて。」
 すると、お母《かあ》さんはいいました。
「お前《まえ》は、じぶんの仕事《しごと》のことばかり考《かんが》えていて、悪《わる》い心《こころ》になっただな。人《ひと》の死《し》ぬのを待《ま》ちのぞんでいるのは悪《わる》いことだぞや。」
 海蔵《かいぞう》さんは、とむね[#「とむね」に傍点]をつかれたような気《き》がしました。お母《かあ》さんのいうとおりだったのです。
 次《つぎ》の朝《あさ》早《はや》く、海蔵《かいぞう》さんは、また地主《じぬし》の家《いえ》へ出《で》かけていきました。門《もん》をはいると、昨日《きのう》より力《ちから》のない、ひきつるようなしゃっくり[#「しゃっくり」に傍点]の声《こえ》が聞
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