牛《うし》をつないだ椿《つばき》の木《き》
新美南吉《にいみなんきち》

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【テキスト中に現れる記号について】

《》:ルビ
(例)牛《うし》をつないだ椿《つばき》の木《き》

|:ルビの付いていない漢字とルビの付く漢字の境の記号
(例)一|町《ちょう》ばかり山《やま》に

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   (数字は、底本のページと行数)
(例)しだやぜんまい[#「しだ」「ぜんまい」に傍点]の上《うえ》
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  一

 山《やま》の中《なか》の道《みち》のかたわらに、椿《つばき》の若木《わかぎ》がありました。牛曳《うしひ》きの利助《りすけ》さんは、それに牛《うし》をつなぎました。
 人力曳《じんりきひ》きの海蔵《かいぞう》さんも、椿《つばき》の根本《ねもと》へ人力車《じんりきしゃ》をおきました。人力車《じんりきしゃ》は牛《うし》ではないから、つないでおかなくってもよかったのです。
 そこで、利助《りすけ》さんと海蔵《かいぞう》さんは、水《みず》をのみに山《やま》の中《なか》にはいってゆきました。道《みち》から一|町《ちょう》ばかり山《やま》にわけいったところに、清《きよ》くてつめたい清水《しみず》がいつも湧《わ》いていたのであります。
 二人《ふたり》はかわりばんこに、泉《いずみ》のふちの、しだやぜんまい[#「しだ」「ぜんまい」に傍点]の上《うえ》に両手《りょうて》をつき、腹《はら》ばいになり、つめたい水《みず》の匂《にお》いをかぎながら、鹿《しか》のように水《みず》をのみました。はらの中《なか》が、ごぼごぼいうほどのみました。
 山《やま》の中《なか》では、もう春蝉《はるぜみ》が鳴《な》いていました。
「ああ、あれがもう鳴《な》き出《だ》したな。あれをきくと暑《あつ》くなるて。」
と、海蔵《かいぞう》さんが、まんじゅう笠《がさ》をかむりながらいいました。
「これからまたこの清水《しみず》を、ゆききのたンびに飲《の》ませてもらうことだて。」
と、利助《りすけ》さんは、水《みず》をのんで汗《あせ》が出《で》たので、手拭《てぬぐ》いでふきふきいいました。
「もうちと、道《みち》に近《ちか》いとええがのオ。」
と海蔵《かいぞう》さんがいいました。
「まったくだて。」
と、利助《りすけ》さんが答《こた》えました。ここの水《みず》をのんだあと
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