て、受《う》けそこなった数《かず》のすくないものが、相手《あいて》に別《べつ》の菓子《かし》を買《か》わせたりしたものでした。そして海蔵《かいぞう》さんは、この芸当《げいとう》ではほかのどの人力曳《じんりきひ》きにも負《ま》けませんでした。
 しかし、きょうは海蔵《かいぞう》さんはいいました。
「朝《あさ》から奥歯《おくば》がやめやがってな、甘《あま》いものはたべられんのだてや。」
「そうかや、そいじゃ、由《よし》さ、やろう。」
といって、源《げん》さんは由《よし》さんと、それをはじめました。
 二人《ふたり》は色《いろ》とりどりの金平糖《こんぺいとう》を、天井《てんじょう》に向《む》かって投《な》げあげてはそれを口《くち》でとめようとしましたが、うまく口《くち》にはいるときもあれば、鼻《はな》にあたったり、たばこぼんの灰《はい》の中《なか》にはいったりすることもありました。
 海蔵《かいぞう》さんは、じぶんがするなら、ひとつもそらしはしないのだがなあ、と思《おも》いながら見《み》ていました。あまり源《げん》さんと由《よし》さんが落《お》としてばかりいると、「よし、おれがひとつやって見《み》せてやろかい。」といって出《で》たくなるのでしたが、それをがまんしていました。これはたいへんつらいことでありました。
 はやく、お客《きゃく》がくればいいのになあ、と海蔵《かいぞう》さんは眼《め》をほそめて明《あか》るい道《みち》の方《ほう》を見《み》ていました。しかしお客《きゃく》よりさきに、茶店《ちゃみせ》のおかみさんが、焼《や》きたてのほかほかの大餡巻《おおあんまき》をつくってあらわれました。
 人力曳《じんりきひ》きたちは、大《おお》よろこびで、一|本《ぽん》ずつとりました。海蔵《かいぞう》さんもがまんできなくなって、手《て》が少《すこ》しうごきだしましたが、やっとのことでおさえました。
「海蔵《かいぞう》さ、どうしたじゃ。一|銭《せん》もつかわんで、ごっそりためておいて、大《おお》きな倉《くら》でもたてるつもりかや。」
と、源《げん》さんがいいました。
 海蔵《かいぞう》さんは苦《くる》しそうに笑《わら》って、外《そと》へ出《で》てゆきました。そして、溝《みぞ》のふちで、かやつり草《ぐさ》を折《お》って、蛙《かえる》をつっていました。
 海蔵《かいぞう》さんの胸《むね》
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