ったのである。
「なんだい、久は。仁丹《じんたん》のにおいをさせてるじゃないか」
と、おかあさんがいった。そこではじめて久助君は、なぞがとけて、そして、ばからしくなってしまった。仁丹なら、久助君は百も知っていたのだ。もっとも、たべたことは、こんどがはじめてだけれど。
 どうしてまた久助君は、ありふれた仁丹なんかを、なにかたいへんな、ふしぎなもののように思いこまされてしまったんだろう。思えば思うほど、久助君にとって、太郎左衛門はきみょうな少年であった。

       三

 道から十メートルばかりはいったところに、太郎左衛門の屋敷《やしき》の門がある。光蓮寺《こうれんじ》の山門をすこし小さくしたような、さびた金具などのついた古めかしい門である。横に小さいくぐり[#「くぐり」に傍点]があって、太郎左衛門はそれから出はいりし、門はいつでもしまっている。
 太郎左衛門といっしょにそこまできて、太郎左衛門が、「しっけい」とか、「さよなら、またあした」などといって、そのくぐり[#「くぐり」に傍点]からすっと中へはいり、あとにぴったりくぐり戸もしめられてしまうと、久助君は、いったいこの門の中で、太
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