きにいくと、こうだった。
兵太郎君が、太郎左衛門に一ぱいくわされたというのである。午《うま》ガ池の南の山の中に、深くえぐられた谷間がある。両側のがけが、ちょうど、びょうぶを二まいむかいあわせて立てたようになっている。太郎左衛門は、そういうところならとてもおもしろいことができると、兵太郎君にいったのだそうである。つまり、かた一方のがけの上からむこうのがけにむかって、「おーイ」とひと声よびかけると、それがこだまになってこちらへ帰ってくる。そして、こちらのがけにぶつかるや、またこだまになって、むこうのがけに帰っていく。むこうにぶつかって、また帰ってくる。こちらにぶつかってまたむこうへいく。そうして、いつまでもそのひとつの「おーイ」は、消えないのだという。ある科学の雑誌に書いてあったからほんとうだと、太郎左衛門はあかし[#「あかし」に傍点]までたてたのだそうだ。それならほんとうだろうと思って、兵太郎君は、きのう午《うま》ガ池へつりにいったついでに、例のところまでいって、ためしてみたのである。そして、太郎左衛門のことばが「うッそ」であることがわかったというのであった。
これじゃたしかに、太郎左衛門はうそつきであると、久助君は思った。するとどうしたわけか、学芸会のけいこをしていた太郎左衛門のねえさんを思い出した。だれも相手がいないのに、じっさいにいるようにじょうずにしゃべっていた、あの白い少女のことを。
またあるとき、こんなことがあったそうである。雨をともなったはげしいかみなりが、頭の上をすぎていったあと、太郎左衛門が新一郎君に、
「いま、雲の中からひばりが一わ、かみなりにうたれてむこうに落ちたから、見にいこう。きっと、牛市場のあたりに落ちている」
と、声をはずませていった。新一郎君は、まさかうそとは思わなかったので、ついていって、まだぬれている牛市場の草をふみわけふみわけ、すみからすみまでさがしたが、牛のふんしか落ちてなかったそうである。これも、太郎左衛門のうそであったわけだ。
五
太郎左衛門が学校へ、どびんのふたぐらいの大きさの、まるいへんなものを持ってきて、
「これね、とってもおもしろいんだよ」
といった。
みんなは、太郎左衛門がうそつきであることは承知していたが、いつでもそれを警戒しているわけにはいかなかった。ことに、こんなぐあいに、めずらし
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