。|角兵ヱ《かくべえ》は吹《ふ》くのをやめました。
「それで、きさまは何《なに》を見《み》て来《き》たのか。」
「川《かわ》についてどんどん行《い》きましたら、花菖蒲《はなしょうぶ》を庭《にわ》いちめんに咲《さ》かせた小《ちい》さい家《いえ》がありました。」
「うん、それから?」
「その家《いえ》の軒下《のきした》に、頭《あたま》の毛《け》も眉毛《まゆげ》もあごひげもまっしろな爺《じい》さんがいました。」
「うん、その爺《じい》さんが、小判《こばん》のはいった壺《つぼ》でも縁《えん》の下《した》に隠《かく》していそうな様子《ようす》だったか。」
「そのお爺《じい》さんが竹笛《たけぶえ》を吹《ふ》いておりました。ちょっとした、つまらない竹笛《たけぶえ》だが、とてもええ音《ね》がしておりました。あんな、不思議《ふしぎ》に美《うつく》しい音《ね》ははじめてききました。おれがききとれていたら、爺《じい》さんはにこにこしながら、三つ長《なが》い曲《きょく》をきかしてくれました。おれは、お礼《れい》に、とんぼがえりを七へん、つづけざまにやって見《み》せました。」
「やれやれだ。それから?」
「おれが、その笛《ふえ》はいい笛《ふえ》だといったら、笛竹《ふえたけ》の生《は》えている竹藪《たけやぶ》を教《おし》えてくれました。そこの竹《たけ》で作《つく》った笛《ふえ》だそうです。それで、お爺《じい》さんの教《おし》えてくれた竹藪《たけやぶ》へいって見《み》ました。ほんとうにええ笛竹《ふえたけ》が、何《なん》百すじも、すいすいと生《は》えておりました。」
「昔《むかし》、竹《たけ》の中《なか》から、金《きん》の光《ひかり》がさしたという話《はなし》があるが、どうだ、小判《こばん》でも落《お》ちていたか。」
「それから、また川《かわ》をどんどんくだっていくと小《ちい》さい尼寺《あまでら》がありました。そこで花《はな》の撓《とう》がありました。お庭《にわ》にいっぱい人《ひと》がいて、おれの笛《ふえ》くらいの大《おお》きさのお釈迦《しゃか》さまに、あま茶《ちゃ》の湯《ゆ》をかけておりました。おれもいっぱいかけて、それからいっぱい飲《の》ましてもらって来《き》ました。茶《ちゃ》わんがあるならかしらにも持《も》って来《き》てあげましたのに。」
「やれやれ、何《なん》という罪《つみ》のねえ盗人《ぬすびと》だ。そういう人《ひと》ごみの中《なか》では、人《ひと》のふところや袂《たもと》に気《き》をつけるものだ。とんまめが、もういっぺんきさまもやりなおして来《こ》い。その笛《ふえ》はここへ置《お》いていけ。」
 |角兵ヱ《かくべえ》は叱《しか》られて、笛《ふえ》を草《くさ》の中《なか》へおき、また村《むら》にはいっていきました。
 おしまいに帰《かえ》って来《き》たのは鉋太郎《かんなたろう》でした。
「きさまも、ろくなものは見《み》て来《こ》なかったろう。」
と、きかないさきから、かしらがいいました。
「いや、金持《かねも》ちがありました、金持《かねも》ちが。」
と鉋太郎《かんなたろう》は声《こえ》をはずませていいました。金持《かねも》ちときいて、かしらはにこにことしました。
「おお、金持《かねも》ちか。」
「金持《かねも》ちです、金持《かねも》ちです。すばらしいりっぱな家《いえ》でした。」
「うむ。」
「その座敷《ざしき》の天井《てんじょう》と来《き》たら、さつま杉《すぎ》の一枚板《いちまいいた》なんで、こんなのを見《み》たら、うちの親父《おやじ》はどんなに喜《よろこ》ぶかも知《し》れない、と思《おも》って、あっしは見《み》とれていました。」
「へっ、面白《おもしろ》くもねえ。それで、その天井《てんじょう》をはずしてでも来《く》る気《き》かい。」
 鉋太郎《かんなたろう》は、じぶんが盗人《ぬすびと》の弟子《でし》であったことを思《おも》い出《だ》しました。盗人《ぬすびと》の弟子《でし》としては、あまり気《き》が利《き》かなかったことがわかり、鉋太郎《かんなたろう》はバツのわるい顔《かお》をしてうつむいてしまいました。
 そこで鉋太郎《かんなたろう》も、もういちどやりなおしに村《むら》にはいっていきました。
「やれやれだ。」
と、ひとりになったかしらは、草《くさ》の中《なか》へ仰向《あおむ》けにひっくりかえっていいました。
「盗人《ぬすびと》のかしらというのもあんがい楽《らく》なしょうばいではないて。」

       二

 とつぜん、
「ぬすとだッ。」
「ぬすとだッ。」
「そら、やっちまえッ。」
という、おおぜいの子供《こども》の声《こえ》がしました。子供《こども》の声《こえ》でも、こういうことを聞《き》いては、盗人《ぬすびと》としてびっくりしないわけにはいか
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