》は、はじめて盗人《ぬすびと》の親方《おやかた》というものになってしまった。だが、親方《おやかた》になって見《み》ると、これはなかなかいいもんだわい。仕事《しごと》は弟子《でし》どもがして来《き》てくれるから、こうして寝《ね》ころんで待《ま》っておればいいわけである。」
とかしらは、することがないので、そんなつまらないひとりごとをいってみたりしていました。
やがて弟子《でし》の|釜右ヱ門《かまえもん》が戻《もど》って来《き》ました。
「おかしら、おかしら。」
かしらは、ぴょこんとあざみの花《はな》のそばから体《からだ》を起《お》こしました。
「えいくそッ、びっくりした。おかしらなどと呼《よ》ぶんじゃねえ、魚《さかな》の頭《あたま》のように聞《き》こえるじゃねえか。ただかしらといえ。」
盗人《ぬすびと》になりたての弟子《でし》は、
「まことに相《あい》すみません。」
とあやまりました。
「どうだ、村《むら》の中《なか》の様子《ようす》は。」
とかしらがききました。
「へえ、すばらしいですよ、かしら。ありました、ありました。」
「何《なに》が。」
「大《おお》きい家《いえ》がありましてね、そこの飯炊《めした》き釜《がま》は、まず三|斗《と》ぐらいは炊《た》ける大釜《おおがま》でした。あれはえらい銭《ぜに》になります。それから、お寺《てら》に吊《つ》ってあった鐘《かね》も、なかなか大《おお》きなもので、あれをつぶせば、まず茶釜《ちゃがま》が五十はできます。なあに、あっしの眼《め》に狂《くる》いはありません。嘘《うそ》だと思《おも》うなら、あっしが造《つく》って見《み》せましょう。」
「馬鹿馬鹿《ばかばか》しいことに威張《いば》るのはやめろ。」
とかしらは弟子《でし》を叱《しか》りつけました。
「きさまは、まだ釜師根性《かましこんじょう》がぬけんからだめだ。そんな飯炊《めした》き釜《がま》や吊《つ》り鐘《がね》などばかり見《み》てくるやつがあるか。それに何《なん》だ、その手《て》に持《も》っている、穴《あな》のあいた鍋《なべ》は。」
「へえ、これは、その、或《あ》る家《いえ》の前《まえ》を通《とお》りますと、槙《まき》の木《き》の生《い》け垣《がき》にこれがかけて干《ほ》してありました。見《み》るとこの、尻《しり》に穴《あな》があいていたのです。それを見《み》たら、じぶんが盗人《ぬすびと》であることをつい忘《わす》れてしまって、この鍋《なべ》、二十|文《もん》でなおしましょう、とそこのおかみさんにいってしまったのです。」
「何《なん》というまぬけだ。じぶんのしょうばいは盗人《ぬすびと》だということをしっかり肚《はら》にいれておらんから、そんなことだ。」
と、かしらはかしららしく、弟子《でし》に教《おし》えました。そして、
「もういっぺん、村《むら》にもぐりこんで、しっかり見《み》なおして来《こ》い。」
と命《めい》じました。|釜右ヱ門《かまえもん》は、穴《あな》のあいた鍋《なべ》をぶらんぶらんとふりながら、また村《むら》にはいっていきました。
こんどは海老之丞《えびのじょう》がもどって来《き》ました。
「かしら、ここの村《むら》はこりゃだめですね。」
と海老之丞《えびのじょう》は力《ちから》なくいいました。
「どうして。」
「どの倉《くら》にも、錠《じょう》らしい錠《じょう》は、ついておりません。子供《こども》でもねじきれそうな錠《じょう》が、ついておるだけです。あれじゃ、こっちのしょうばいにゃなりません。」
「こっちのしょうばいというのは何《なん》だ。」
「へえ、……錠前《じょうまえ》……屋《や》。」
「きさまもまだ根性《こんじょう》がかわっておらんッ。」
とかしらはどなりつけました。
「へえ、相《あい》すみません。」
「そういう村《むら》こそ、こっちのしょうばいになるじゃないかッ。倉《くら》があって、子供《こども》でもねじきれそうな錠《じょう》しかついておらんというほど、こっちのしょうばいに都合《つごう》のよいことがあるか。まぬけめが。もういっぺん、見《み》なおして来《こ》い。」
「なるほどね。こういう村《むら》こそしょうばいになるのですね。」
と海老之丞《えびのじょう》は、感心《かんしん》しながら、また村《むら》にはいっていきました。
次《つぎ》にかえって来《き》たのは、少年《しょうねん》の|角兵ヱ《かくべえ》でありました。|角兵ヱ《かくべえ》は、笛《ふえ》を吹《ふ》きながら来《き》たので、まだ藪《やぶ》の向《む》こうで姿《すがた》の見《み》えないうちから、わかりました。
「いつまで、ヒャラヒャラと鳴《な》らしておるのか。盗人《ぬすびと》はなるべく音《おと》をたてぬようにしておるものだ。」
とかしらは叱《しか》りました
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