ぶんが盗人《ぬすびと》であることをつい忘《わす》れてしまって、この鍋《なべ》、二十|文《もん》でなおしましょう、とそこのおかみさんにいってしまったのです。」
「何《なん》というまぬけだ。じぶんのしょうばいは盗人《ぬすびと》だということをしっかり肚《はら》にいれておらんから、そんなことだ。」
と、かしらはかしららしく、弟子《でし》に教《おし》えました。そして、
「もういっぺん、村《むら》にもぐりこんで、しっかり見《み》なおして来《こ》い。」
と命《めい》じました。|釜右ヱ門《かまえもん》は、穴《あな》のあいた鍋《なべ》をぶらんぶらんとふりながら、また村《むら》にはいっていきました。
 こんどは海老之丞《えびのじょう》がもどって来《き》ました。
「かしら、ここの村《むら》はこりゃだめですね。」
と海老之丞《えびのじょう》は力《ちから》なくいいました。
「どうして。」
「どの倉《くら》にも、錠《じょう》らしい錠《じょう》は、ついておりません。子供《こども》でもねじきれそうな錠《じょう》が、ついておるだけです。あれじゃ、こっちのしょうばいにゃなりません。」
「こっちのしょうばいというのは何《なん》だ。」
「へえ、……錠前《じょうまえ》……屋《や》。」
「きさまもまだ根性《こんじょう》がかわっておらんッ。」
とかしらはどなりつけました。
「へえ、相《あい》すみません。」
「そういう村《むら》こそ、こっちのしょうばいになるじゃないかッ。倉《くら》があって、子供《こども》でもねじきれそうな錠《じょう》しかついておらんというほど、こっちのしょうばいに都合《つごう》のよいことがあるか。まぬけめが。もういっぺん、見《み》なおして来《こ》い。」
「なるほどね。こういう村《むら》こそしょうばいになるのですね。」
と海老之丞《えびのじょう》は、感心《かんしん》しながら、また村《むら》にはいっていきました。
 次《つぎ》にかえって来《き》たのは、少年《しょうねん》の|角兵ヱ《かくべえ》でありました。|角兵ヱ《かくべえ》は、笛《ふえ》を吹《ふ》きながら来《き》たので、まだ藪《やぶ》の向《む》こうで姿《すがた》の見《み》えないうちから、わかりました。
「いつまで、ヒャラヒャラと鳴《な》らしておるのか。盗人《ぬすびと》はなるべく音《おと》をたてぬようにしておるものだ。」
とかしらは叱《しか》りました
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