《かき》の木《き》の上《うえ》や、物置《ものおき》の中《なか》や、いい匂《にお》いのする蜜柑《みかん》の木《き》のかげを探《さが》してみたのでした。人《ひと》にきいてもみたのでした。
 しかし、ついにあの子供《こども》は見《み》あたりませんでした。百姓達《ひゃくしょうたち》は提燈《ちょうちん》に火《ひ》を入《い》れて来《き》て、仔牛《こうし》をてらして見《み》たのですが、こんな仔牛《こうし》はこの辺《あた》りでは見《み》たことがないというのでした。
「かしら、こりゃ夜《よ》っぴて探《さが》してもむだらしい、もう止《よ》しましょう。」
と海老之丞《えびのじょう》がくたびれたように、道《みち》ばたの石《いし》に腰《こし》をおろしていいました。
「いや、どうしても探《さが》し出《だ》して、あの子供《こども》にかえしたいのだ。」
とかしらはききませんでした。
「もう、てだてがありませんよ。ただひとつ残《のこ》っているてだては、村役人《むらやくにん》のところへ訴《うった》えることだが、かしらもまさかあそこへは行《い》きたくないでしょう。」
と|釜右ヱ門《かまえもん》がいいました。村役人《むらやくにん》というのは、いまでいえば駐在巡査《ちゅうざいじゅんさ》のようなものであります。
「うむ、そうか。」
とかしらは考《かんが》えこみました。そしてしばらく仔牛《こうし》の頭《あたま》をなでていましたが、やがて、
「じゃ、そこへ行《い》こう。」
といいました。そしてもう歩《ある》きだしました。弟子《でし》たちはびっくりしましたが、ついていくよりしかたがありませんでした。
 たずねて村役人《むらやくにん》の家《いえ》へいくと、あらわれたのは、鼻《はな》の先《さき》に落《お》ちかかるように眼鏡《めがね》をかけた老人《ろうじん》でしたので、盗人《ぬすびと》たちはまず安心《あんしん》しました。これなら、いざというときに、つきとばして逃《に》げてしまえばいいと思《おも》ったからであります。
 かしらが、子供《こども》のことを話《はな》して、
「わしら、その子供《こども》を見失《みうしな》って困《こま》っております。」
といいました。
 老人《ろうじん》は五|人《にん》の顔《かお》を見《み》まわして、
「いっこう、このあたりで見受《みう》けぬ人《ひと》ばかりだが、どちらから参《まい》った。」
とき
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