きました。
「わしら、江戸《えど》から西《にし》の方《ほう》へいくものです。」
「まさか盗人《ぬすびと》ではあるまいの。」
「いや、とんでもない。わしらはみな旅《たび》の職人《しょくにん》です。釜師《かまし》や大工《だいく》や錠前屋《じょうまえや》などです。」
とかしらはあわてていいました。
「うむ、いや、変《へん》なことをいってすまなかった。お前達《まえたち》は盗人《ぬすびと》ではない。盗人《ぬすびと》が物《もの》をかえすわけがないでの。盗人《ぬすびと》なら、物《もの》をあずかれば、これさいわいとくすねていってしまうはずだ。いや、せっかくよい心《こころ》で、そうして届《とど》けに来《き》たのを、変《へん》なことを申《もう》してすまなかった。いや、わしは役目《やくめ》がら、人《ひと》を疑《うたが》うくせになっているのじゃ。人《ひと》を見《み》さえすれば、こいつ、かたりじゃないか、すりじゃないかと思《おも》うようなわけさ。ま、わるく思《おも》わないでくれ。」
と老人《ろうじん》はいいわけをしてあやまりました。そして、仔牛《こうし》はあずかっておくことにして、下男《げなん》に物置《ものおき》の方《ほう》へつれていかせました。
「旅《たび》で、みなさんお疲《つか》れじゃろ、わしはいまいい酒《さけ》をひとびん西《にし》の館《やかた》の太郎《たろう》どんからもらったので、月《つき》を見《み》ながら縁側《えんがわ》でやろうとしていたのじゃ。いいとこへみなさんこられた。ひとつつきあいなされ。」
ひとの善《よ》い老人《ろうじん》はそういって、五|人《にん》の盗人《ぬすびと》を縁側《えんがわ》につれていきました。
そこで酒《さけ》をのみはじめましたが、五|人《にん》の盗人《ぬすびと》と一人《ひとり》の村役人《むらやくにん》はすっかり、くつろいで、十|年《ねん》もまえからの知《し》り合《あ》いのように、ゆかいに笑《わら》ったり話《はな》したりしたのでありました。
するとまた、盗人《ぬすびと》のかしらはじぶんの眼《め》が涙《なみだ》をこぼしていることに気《き》がつきました。それを見《み》た老人《ろうじん》の役人《やくにん》は、
「おまえさんは泣《な》き上戸《じょうご》と見《み》える。わしは笑《わら》い上戸《じょうご》で、泣《な》いている人《ひと》を見《み》るとよけい笑《わら》えて来
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