、常念坊《じょうねんぼう》は思いました。
かまわず、どんどんいきましたが、ふと考えました。うしろからくるのは、犬ではなくて、おばあさんがいった、あのきつねがつけてきたのではなかろうか。こう思うと、じぶんのうしろには、ずるいきつねの目が、やみの中に、らんらんと光っているような気がします。気の小さな常念坊《じょうねんぼう》は、ぶるっと、身ぶるいをしました。
でも、うしろをふりむくのもこわいので、ぶきみななりに、ぐんぐん歩きました。なんだかうしろでは、きつねがいつのまにか女にばけていて、今にも、きゃっといって、とびついてきそうな気がします。
常念坊《じょうねんぼう》は、そのきつねのことを、わすれようわすれようとするように、ちょうちんのあかりばかりを、見つめて歩きました。
二
やっとのこと、村へきました。村へはいると、すこしほっとしました。村では、どこのうちも、よいから戸をしめてしまうので、どっこも、しいーんとしています。その中で、どこかのうちで、きぬたをうつ音が、とおくにきこえます。
そのとき、ふと気がついてみますと、左手にもっていた、だんごの竹の皮づつみが、いつのまにか、なくなっています。
「おや、しまった。うっかりして、落としたかな。それともきつねのやつが、そっと、ぬすみとってにげたかな。ちょっ。」
常念御坊《じょうねんごぼう》はいまいましそうに、おまんじゅうのつつみと、ちょうちんとを両手にもちわけて、うしろをむいてみました。
もう、なにもおりません。やがて、寺の門の前にきました。立ちどまって、もう一ぺん、うしろをよく見ますと、きつねらしいものが、のこのこつけてきています。
常念坊《じょうねんぼう》は門をはいると、
「正観《しょうかん》、正観。」
と、庫裡《くり》のほうへむかってどなりました。
「はい。」
とへんじがきこえて、正観《しょうかん》が、ごそごそ鐘楼《しょうろう》からおりてきました。
「おい。きつねだ、きつねだ。ほうきをもってこい、ほうきを。ほうきで追いまくれよ。」
正観《しょうかん》はとんでいって、ほうきをもって、門のほうへかけつけました。
「おや。きつねがなにか、くわえていますよ。」
「ああ、だんごだ。とりあげろよ。」
「はい。下へおけ。――だんごは、とりかえしましたが、きつねはすわったきり、にげません。」
「だから、
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