で、人っ子ひとりおりません。うしろを見ると、犬がまだついてきています。
「しっ」といって、にらみつけましたが、にげようともしません。足をあげて追うと、二、三|尺《じゃく》ひきさがって、じっと顔を見ています。
「ちょっ、きみのわるいやつだな。」
常念御坊《じょうねんごぼう》は、舌《した》うちをして、歩きだしました。あたりはだんだんに、暗くなってきました。うしろには犬が、のそのそついてきているのが、見なくもわかっています。
すっかり夜になってから、峠《とうげ》の下の茶店のところまできました。まっ暗い峠を、足さぐりでこすのはあぶないので、茶店のばあさんに、ちょうちんをかりていこうと思いました。
おばあさんは、ふろをたいていました。ちょうちんだけかりるのも、へんなので、常念坊《じょうねんぼう》は、
「おい、おばあさん。だんごは、もうないかな。」
とききました。
「たった五くしのこっていますが。」
「それでいい。つつんでおくれ。」
「はいはい。」
と、おばあさんは、だんごを竹の皮につつみます。
「すまないが、わしに、ちょうちんをかしておくれんか。あした、正観《しょうかん》にもってこさせるでな。」
「とても、やぶれぢょうちんでござんすよ。」
「いいとも。」
おばあさんは、だんごをわたすと、上へあがって、古ちょうちんのほこりをふきふき、もってきました。常念坊《じょうねんぼう》は、ちょうちんにあかりをつけると、あたりを見て、
「おや、もう、どっかへいったな。」
と、ひとりごとをいいました。
「おつれさまですかね。」
「いんにゃ。どこかの犬が、のこのこついてきて、はなれなかったんだよ。」
「きつねじゃありませんか。あなたの通っていらっしゃった、あのさきのやぶ[#「やぶ」に傍点]のところに、よくきつねが出て、人をばかすといいますよ。」
「おもしろくもないことを、いいなさんな。ほい、おあしをここへおくよ。」
常念坊《じょうねんぼう》はかた手におまんじゅうのつつみと、ちょうちんをさげ、かた手にだんごのつつみをもって、峠《とうげ》にかかりました。その峠をおりて、たんぼ道を十|丁《ちょう》ばかりいくと、じぶんの寺です。
もう、あのいやな犬もついてこないので、安心して、てくてくあがっていきますと、やがてうしろのほうで、クンクンという声がします。
「おや、また、あの犬めがきたな。」
と
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