磨り合せるやうにきこえて、僅かに湧いて來る夜の凉味をすつかり掻き消してしまふ。おしんの家から竹籔ひとつ隔てた家の主人莊吉とその女房は背中合せに縁臺へ寢そべつて、泥水の中の魚のやうに暑苦しい息を吐いてゐる。と、そこへ、
『おしんさんが惡いとよ、死にさうだとよ。』といふ知らせが傳はる。女房は起き上つて、
『そりやまア、けふ雨乞ひのかへりにかくらん[#「かくらん」に傍点]を起したちうが、まだ落ちつかねえのか。』
『なアーに、かくらんは直つただが、急に流産しただとよ。』
『やれまア、子供持つてたのかや。……これお父つアん、起きてちよつくらおしんさんが家サ行つて見てやれよ。』
莊吉はごろりと起きて、ふんぞりかへり大欠伸をして、それから門《かど》を出て行く。
おしんの父親は、座敷の薄暗いランプの下に一人あぐらをかいてグイ/\冷酒をあほつてゐる。
『もう駄目でがサ、さつき先生が來て見て行つただが、藥も盛らねえで歸つてしまつたでサ。』
さう言つてゐるうしろの座敷では、おしんの母親が絶え入りさうな聲で、おしんの名を呼びつゞけてゐる。
『駄目だとつて、うつちやつといちやなんねえ。町の醫者どんを頼んで
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