來べえか。』と莊吉は言ふ。
『ナーニ、うつちやつとけ。もうはア、身體中の血が下りちまつて、指の先まで眞白になつちまつたんだからな、死んだと同じこつたよ。』
『おしんよー、おしんよー……』
『うるせい、默んねえか、死んだもんが、何で生きかへる、くそ!』と父親はうしろの座敷へ怒鳴りつける。
 そこへ三四人の若者が、みんな肌ぬぎで入つて來る。卒倒したおしんに雨乞ひの水をやつていゝか惡いかを、村の出戸で夕方まで論じ合つてゐた連中である。
『お父つアん、話をつけて來たよ、安心しろ。』と上り框にドサリと腰を下しながら一人がいふ、
『こつちの權幕にびつくらしてな、茂右衞門の旦那、へイ/\だつけよ。あした銀行から金を下げて來て屆けやすから、今夜のところは穩やかにしてくれろ、といふ譯サ。その上、酒二升と肴を買はせることにして來たよ。そいつア今ぢきに屆けて來るかんな、今夜はまアそれで諦めるとしろよ、なアお父つアん。』
『お父つアん、こゝで酒なんど飮まれてなるもんかよ。』さう言ひながらおしんの母親が奧から出て來る。腹の方まではだかつた無地の單衣を引きずり、涙でべた/\になつた顏の中に、ぢく/\した眼を光らせ
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