今日はもう、嘆聲すら出せなくなつてゐる。
『ヤーレ、もつとそろつと歩け、ほこりが堪んねよ。』
『いくらそろつと歩いても、ほこりの方で舞ひ上んだよ。』
みんな變に氣むずかしくなつてゐる。ぐつたりと萎へしほれた畑作の一面に、風一つ渡る氣配なく、土色に濁つた空氣がもーツとひろがつてゐる。それが上部に行くにつれて、濁つた紫色に、更らに高くなつてギラ/\とした青さに、そしてその中心に、燒きついたやうにして太陽が輝いてゐる。彼等のうちの誰でも、そこまで眼を移して行つたなら、めまひを起してその場に卒倒するばかりである。彼等は先刻の子供等と違ひ最早太陽を見ることを病的に怖れてゐる。
只土の上を見て歩いてゐる。が、その土は一足一足毎にぷかり/\と舞ひ立ち、むつとした草いきれと一緒に、脛から股から胸から顏へ匍ひ上り、たく/\流れる汗へ飛びついて來る。眞黒な汗が、襟筋から胸へツル/\流れ落ちる。それを拭きもせずに歩いてゐると、耳が變にガーンとして來て、眼が眞赤に充血して來る。その眼に、ギラ/\照り輝いてゐるほこりの道がカーツと迫つて來る。瞬間、氣が狂ひさうになる。
『アーツ、水だ、水だ!』雷神樣の噴井戸
前へ
次へ
全16ページ中3ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
下村 千秋 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング