言はれて彼女は、髮をふり立て、ワタ/\と四五歩走り出す。が急にあとを振りかへり、そつくりかへつて歩いて來る父親を見上げて、またワーツと泣き出す。
『やれ/\可哀相に、みんなおみよが心になつてやれよ。』
『ほんとになアー、ほんとになアー……』
『泣かねえで、はやくかけて行けよ。お父つアんはぢきあとから行くかんなア。』
 おしんの家では、近所の人達が、土間に、座敷に、おしんの部屋に、それぞれ集り、みんな影のやうにぢつとして默つてゐる。その中に、おしんの母親の、息も切れ/″\におしんの名を呼びつゞけてゐる聲だけがある。
 父親は、女達に持ち運ばれるやうにして、土間へ入ると、上り框へドサリと腰を下し、そこより動かうとしない。
『はやく、おしんさんが傍サ行つてやれよ。』
『はやくよオ、はやくよオ……』
 と、父親は、いきなり肌をぬき、肘を張り、眼をギラ/\させ、土間の暗い隅を睨めながら、
『しんよ、しんよ、まだ死なねえか。構はねえからサツサと死んでくろ! 今夜のうちに、茂右衞門の野郎等を叩き殺して、あの家を燒き拂つてやんだから、はやく死んでくろ、はやく死んでくろ!』
 割れた太い聲の中に、妙に鋭
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