とを言つた。
 由藏は默つて親爺の顏を偸み見た。
「何か藥でも買つて來てやれな」とおさわが言つた。
「やかましい」と由藏はおさわにはむきになつた。「手前なんぞ知つたこつぢやねえ、引つこんでやがれ、豚!」
 実は由藏も藥位買つてやらねばなるまいと思つてゐた。が、おさわからさう言はれると無暗に腹が立つた。彼はおさわを病人の傍へ寄りつけもしなかつた。
 親爺はその二日前から顏や手足が透き通るやうにむくんで來た。そしてうめく声がたまらなく不吉な調子になつて來た。由藏は苛々し出した。そしておさわを訳もなくひつぱたいたりした。
 しかし彼は藥を買ひには行かなかつた。
「自分勝手に親面をしやがつて、俺にや何處の馬の骨だかもわかりやしねえ、親が聞いてあきれらア」
 由藏はその朝もそんなことをおさわに言つて畑へ出て行つたのであつた。
 由藏は萬能を擔いでかへる道々、生れてこの年まで二年と一緒に暮したことのないあの親爺は一体自分にとつて何だらうと考へた。彼にはどうしても、何かの間違ひであゝした人間の死に水をとつてやらねばならないやうになつたのだとしか考へられなかつた。自分はこの世の中でも一番馬鹿々々しい貧
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