乏籤を引いたのだと思つた。兎に角もう見殺しにしてゐる心が厭になつた。早く何でもなくさつぱりと死んで呉れゝばいゝと念じながら畑を横切つて裏から家へ入つた。
 ワンワンと呻り鳴いてゐる蚊の群を分けて暗い土間の中へ立つと、おさわは親爺の枕元へ坐つてその額を水で冷やしてゐた。手ランプが頼りなくともつてゐた。由藏はさうしてゐるおさわを見るとむかむかとした。
「おさわ、日が暮れたのを知んねえか」
 由藏はさう怒鳴つてそこらのものを蹴飛ばした。
「そんでもなア、爺ははア駄目だよ、こゝへ來て見ろよア」とおさわは、わくわくしながら言つた。彼はその聲の調子に少し驚かされた。裸足のまゝ兩膝を立てゝ枕元へ這つて行つた。
 親爺の顏は眼なんぞは隱れてしまつた程に腫れ上つてゐた。下唇がだらりと下つて、上顎の二本の歯が牙のやうに飛び出してゐた。ゴーツ、ゴーツといびきのやうな息をした。
 由藏はそれを見ると「いけねえ、いけねえ」とつぶやきながら土間へ戻つてそこに突つ立つた。家の中をぐるりと見※[#「廴+囘」、第4水準2−12−11]した。裏へ出て見た。北の空の黒雲は黒潮が流れたやうにもう頭の上まで延びて來てゐた。雷光
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