脛を蹴つた。
太い荒繩で棺を背負つて外へ出たときはもう夜中であつた。黒雲は空の七分を蔽つてゐた。雷光が閃めく度に四邊が青く光つた。生ぬるい風が道端の草をざわつかせた。彼は村の蘭※[#「てへん+茶」、71−11]場へ持つて行くつもりであつた。
二丁程行つて彼は棺を埋める穴を掘る為めの萬能を忘れて來たことに氣づいた。引き返して萬能を取ると、
「おさわ、貴樣もついて來い」と言つた。
おさわはむしろの上にべたんと坐つたまゝ阿呆のやうに開いた口を動かしもしなかつた。
道の半分程まで來たとき、頭の天辺でだしぬけに雷が鳴つた。「うヽヽヽヽ」といふ音が雲の上をごろごろ轉げ※[#「廴+囘」、第4水準2−12−11]つてから、東の方へ「ヅーン」と消えて行つた。由藏はもう少しで尻餅をつくところを辛うじてその場に立ちすくんだ。四邊の闇がぐるぐると渦を卷き始めたやうな氣がして來た。
汗が襟首から胸へたくたく流れた。由藏は眼が見えなくなつたのぢやないかと思つた。彼はめくら滅法に歩いた。けれど道は決して間違ひやしないといふ自信はあつた。肩の棺はます/\重くなつて來たが、道端に棺を下して休まうなどゝは思ひも
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