い停車場の構内は見ることは出來ない。少年は二階の自分の室に這入つて一安心した。
今朝からもう三度目である。次の着車時刻まではまだまだ二時間強の間隔がある。それまでは心を動搖させる必要がないけれども、何をしようとしても手に着かない。そこで少年は棚から枕を出して座蒲團の上へごろりとなつた。
Desperately……desperately……
と口癖のやうに呟きながら、頻《しき》りに天井を眺めて居たが、急に立ち上つて、階子段《はしごだん》を下つて行き、今度昇つて來た時には、栗饅頭を一つ手に持ち、一つ口にくはへて來た。菓子を食べてしまつたあとでは、またごろりと横になつた。そしてdesperately……desperately……と呼んで居る。
何時の間にかうとうととし出し、少し口を開き、兩手を胸へ當てたままで眠り始めた。
すると忽ち或る山の中の村落が彼の夢の中へ入つて來たのである。寂しい街道に小さいちよろちよろの流があつて、太い杉の樹が道の中央に立ちはだかつて居る。そこまで彼が歩を運んで來ると、忽ち一事に想到して非常に驚いた。それは彼が夏の試驗に答案を出すのを忘れたと云ふことであつ
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