た。「カンフルが足りないから、早く使ひをやつておくんな。藥局の劇藥の棚にある。家の人に言へば分る。」言下に二三の人が飛び出した。
「もつと構はねえから人工呼吸をやりなせい。海軍ぢや一時間位やる。」
「おお、さうだ。佐治衞門さんのとこの伜が可い。海軍だから好く知つてゐるだらう。」
「早く體《からだ》あ倒《さかさ》にして、松葉の煙で燻《いぶ》すが可い。」
「さつきから松葉々々つて言つて居るがどうしたらう。」
「そんなこたあ爲なくても可い。水はもうみんな吐いた。」
醫者は眼瞼《まぶた》を開いて見たり、聽診器を胸に當てたりしてゐる。
「どうですえ、少しや見込がありますかえ。」
醫者ははつきりとした返事をしない。
カンフルを取りに行つた使が歸つて來た。また胸へ注射をした。胸にはもう絆創膏の迹が四つ五つある。
「海軍は來ないか、海軍は。」
「來たよ、來たよ。」
元海軍の兵曹であつた男が、今までの男と變つて、ちよつと氣取つた手附をして人工呼吸を繰り返した。
屍體は生きた人間の通りの形をしてゐながら青つぽく黄ろい色をして、冷く固まつてゐる。薄い紙を濡らして鼻や口の前に置いたりする男がある。
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