さう云ふ間に小一時間の時間が經つ。
「どうですねえ。」と女の人が悲しさうに尋ねた。
「どうも。」と醫者が曖昧な返事をした。
も一人の鬚の濃い醫者が來た。肥つた赤ら顏に微笑を湛へて、先の醫者に挨拶した。そして自分も洋服の隱しから聽診器を出して屍體の胸へ當てて見た。そして脈を觸つたり、眼瞼を開いたりして見たが、最後に右手で輕く好い音を立てて、屍體の胸をはたと叩いて、其れと同時に、「もう不可《いか》ん。」と言つた。
その調子がいかにも黒人《くろうと》じみてゐて、今迄の努力の廢止を促《うなが》す絶對の合圖となつた。
それで人々は俄に色めき出して、次の仕事に取り掛つた。
是れが土屋富之助、十六歳、中學二年生の最後の有樣であつた。
日は八月十七日。一月遲れのお盆の終つた翌日である。
彼の故郷では、かう云ふ出來事を全く豫感せずにゐた。
(大正四年九月)[#地付き]
底本:「現代日本文學全集17」筑摩書房
1968(昭和43)年4月5日初版発行
入力:伊藤時也
校正:小林繁雄
2001年1月19日公開
2001年3月5日修正
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