濱へと驅つた。
「山長のとこのお客さんが海で見えなくなつたつて。」
「今濱ぢや船を出した。」
「地引網の衆を頼みに行つた。」
「潜水の女しを搜しに行つたが、生憎《あいにく》一人も家に居なかつた。」
人々は道を驅けながら、互に磨《す》れ違ひながら、こんなことを話し合つた。
五六艘の船が沖合へ出た。
「この邊か、この邊か。」などと船の上から呼ぶ聲などがする。
「分るまい。あすこにや底に潮流があるから。」などと語つてゐる人がある。
船から大勢わらわらと水へ飛び込んだりするのも見えた。網が打たれた。
網の中へ死骸がはひつて、それが漁夫に取り出されるまでには、それから尚かなりの時間が掛つたのであつた。青い冷い重い屍體が濱の砂の上に上げられた。
「お前たちそこへ立つでねえぞ。」と山長の若い旦那が叫んだ。そこへ巡査が來てまた見物を制した。
「どうですえ、此處ぢや、あんまり人立がしますから、あすこの裏を借れちや。」
「さうさ。お前さん一つ頼んでおくんな。」
赤い毛布で包まれた屍體が海濱の漁夫の家の裏庭へ運ばれた。それでも大勢の子供たちが木戸の外から眺めてゐる。
「もう脈がない。」と醫者が言つ
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