ら下は深いなあ。若し落ちたら死ぬだらうか。」
「そりや死ぬにきまつてゐる。」と他の一人が答へた。「下まで屆かないうちに人間は死んでゐる。」
「なぜ下まで落ちないうちに死ぬだらう。」
「なぜだか知らないけれども、飛行機から落ちても、下まで屆かないうちに死ぬさうだ。」
「華嚴《けごん》やなんかの瀧でもさうだらうか。」
「瀧ぢやどうだか分らない。途中岩へぶつかつたりするから。」
「下まで落ちないうちに死ぬのなら苦しくはあるまい。」
「そりや苦しくは無からうと思ふ。」
 二人の少年は橋の欄干へ手を懸けて、深く海の底を眺めてゐる。碧澳《へきあう》の水が澄明で、中の岩まで見えさうである。
 そこから視點を外《そ》らして、自分の立つてゐる橋まで及ぼすと、一種の對照の感情を覺えて、身の毛がよだつことがある。それと同時に、なんか、中へ飛び込んで見たいと思はせる誘惑がある。
「はつ!」と一人の少年が大聲を擧げた。も一人のは喫驚《びつくり》して振り迎つた。
「おお、びつくりした。何うしたともつた[#「もつた」は「おもつた」の誤記か]。」
「下へ飛び込んだら、何うだらう。」
「止し給へ、冗談はしたまふな、魔が
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