大抵晩に飮みます。」
「澤山飮むのかえ。」
「毎晩五合づつ買ひに行つたが、面倒くさいから昨夕から一升買ひました。」
「ひとりで飮むかえ。」
「始めには獨りで飮んだが、時々は家の兄さんと一緒に飮むことがあります。それに別莊から客が來ることがあります。」
 其別莊と云ふのは同じ土地へ東京の人が建てたもので、そこへ毎年學生たちが來るのである。
「夜は早くねるかえ。」
「時々夜中まで歸つて來ないことがあります。」
「○○(遊廓のある町名)の方へ行くかえ。」
「どうですか。」といつて笑つた。
「何してゐるえ、一日。」
「何して居ますか。」
「一日家にゐるかえ。」
「大概家にゐます。」
「何か話をするかえ。」
「何にも言はないで默つてゐます。」
 會話は要領を得なかつた。
 富之助の家では寫眞が一枚無くなつた。姉のおつなが東京の叔母と寫したものである。それを急に母が郵便で東京に送らうと思つて搜したが見付からなかつた。然し皆別に氣に止めはしなかつた。富之助は寫眞箱を出して鹿田に見せたことを覺えてゐる。それ故富之助ばかりは、是はてつきり鹿田が持つてつたものと信じてゐる。
 富之助は毎日毎日いろいろのこ
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