。さうして、いやいやながら鹿田と交際《つきあ》つてゐるうちに、漸く鹿田の性格の變化に氣が付いた。夏休前東京で會つた時とは違つて、非常に沈默家になつて居る。そして始終何か考へ事をしてゐるやうである。元來氣味惡い其眼元には、また一種の暗光が燃えて居る。
しかのみならず彼は富之助に對して未だ嘗つて示したことのない鄭重な態度を取つた。一たびも冗談を言はない。何時も醜い恐ろしい口は大抵堅く鎖《とざ》されてゐる。釣などする時には、年少者のやうに、いろいろの事を富之助に教はつて、釣に餌《ゑさ》をつけ、絲を水に投げる。そしてぼんやり考へ込む。
夕日の眞赤な光が對岸の緑の平野の上に被ひかぶさつて、地平線を凸凹《でこぼこ》にする銀杏樹《いちやう》らしい、また欅《けやき》らしい樹の塊りは、丁度火災の時のやうに、氣味わるく黒ずんでゐる。川の上には金のやうな光が映つた。
その時、今まで默つてゐた鹿田が言つた。
「どうだらう。こんな時に水の中へ沈んだら愉快だらう。一緒に飛び込まうか。」
この言葉の調子は冗談とは聞かれないほどであつた。富之助はぎくりとした。
少時《しばらく》してからまた鹿田がこんな事を言
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