して餘りに苛酷過ぎたと思ふのだらう。そのうちでも母と姉とは最も悲しむだらう。この二人の人の悲傷は、自分の死を弔ふに十分である。彼等の涙は慰藉である。唯……自分が生前に何等の譽《ほまれ》を持つてゐなかつた事は物足らない。せめて自分が中學の特待生でもあつたら可《よ》かつたらう。……
 自分の死といふものを中心にすると、諸《もろもろ》の聯想は夕立前の雲のやうに蜂起するのであつた。
 そんな風に、富之助が自分の空想に沒頭して居るうちに、何時か足が小さい橋の上に停つてゐた。其下の川は、そこで直接大河に注ぎ、四邊の眺望が好かつたから、大勢の人がその上に集つてゐた。折柄向ふ岸の空が異常に赤く、まつ黄いろな大きな月が悠々と地平から離れる所であつた。
 その時富之助は自分を迎ひに來た女中に發見せられた。
「富之助さん、お迎ひに上りました。」とその女中が言つた。「東京のお客さんがお着きになつて、皆貴方が何處へ行つたかつて心配してゐます。」
 富之助はそこで重い氣になつて、家の方へ歸つた。
 下の八疊間に明るい電燈が點いて、鹿田がひとりで新聞を見てゐた。
「やあ失敬。」と挨拶した富之助の聲は異常に顫《ふる》
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