しく會はないからお互に遠慮があつて、やや改まつた口調で二人は感傷的な懷舊談を取交はした。留吉と呼ばれたその若者は子供の時分から漁業に從事してゐたが、去年暴風に遭つて難船し、同船の兄をば見す見す殺した爲めに發心してその職業を止《や》めた。二人はそんな話をしたり、またそのうち凪《なぎ》の好い日には、投網《とあみ》だの、釣道具だのを持つて、是非船を出さうなどといふ相談をしたりなどした。
家々の燈が漸く明るくなつて、河沿ひの狹い漁夫町の街道は、それ相當の繁劇の状況を呈してゐる。家と家との間に、黒い靜な水の面が見えて、對岸の村落の微《かすか》な燈影などが隱見するのに出會《でくは》すと、自分の故郷が如何に美しい處だといふことを今更ながら思つて、一種甘美の悲哀を帶びたる情緒の起るのを感じた。町の傳説と共に傳はる昔の歌を歌ふものがある。
河上から下つて來た汽船が鈍い響を立てたりしてゐる。彼は多感な少年者が感ずる如き、故もしらぬ愁に打たれ、それからいろいろの空想が起つて、死といふものが何ともいはれず美しいものに思はれ出した。
自分が死んだならば、後の人もみんな同情を寄せるだらう。そして生前自分に對
前へ
次へ
全49ページ中26ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
木下 杢太郎 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング