が好きで、數學などが善く出來ないやうに思はれる。これから先の世の中は數學や理學が出來なくては、學者にはなれないが、どうもわたくしが數學に疎《うと》かつたせゐか、伜も不得意のやうぢや。まああなたもどうか一つ指導してやつて下さい。」
老人はさう云ふ風な話題ばかりを求めて話したが、そのうち、それならば今夜ゆつくりお話をしませうといつて立ち去つた。
老人が去つた後で、青年は少し居ずまひを崩した。それでもまだ一種の緊張した心持で、少し窮屈らしく風景の寫眞帖を眺めてゐる。
その時靜かに人のけはひがした、「ようお出でになりました。」と聞えないほどに言つてしとやかに挨拶するものがある。青年がはつと感じて後ろを向くと年わかい美女が居る。顏だけは知つた顏である。富之助の姉である。それで客も禮儀正しく挨拶を返した。娘は疊んだ浴衣《ゆかた》を置いて、之れとお着かへになりませと言つた。そして暫時手持無沙汰にしてゐたが、また淑《しとや》かに立ち去つた。
客は一種の情動を感じたらしい態度をした、そしてまた風景の寫眞帖を眺めてゐる。
日が漸く暮れる。女中が竹の臺のランプを持つて來る。それでも富之助はまだ來な
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