でに阻止した。
その他にまだ朧ろげにも一つの不安がある。是は彼の空想に屬することであつて、自分がそんな空想を抱くといふ事それ自身が彼の自覺には堪ふ可からざる苦痛であつた。――鹿田の手紙の文句の中に「やさしき御姉妹[#「やさしき御姉妹」に傍点]」云々の文字があつた。それが氣になるのである。
富之助の姉のおつなは今年の三月迄東京の學校に居た。そして鹿田は蔭ながらおつなの事を善く知つて居た。
おつなは二十一歳で美人であつた、富之助はおつなのことを姉ながら神々《かうがう》しい女だと思つて居た。
美しい神々しいおつな……獰猛《だうまう》な鹿田……富之助の頭のこの烈しい對照《コントラスト》が更に幾多の不祥な聯想を呼んだ。或ものは鮮明に表象に現はれた。或ものは意識|閾《ゐき》下に壓《お》しつけられて、ただ不安な心持だけになつてゐる。
夏休み前に鹿田が富之助にじやうだんを云つたことがある。……僕が君に對する愛は弟に對する愛だ。それが僕の不謹愼の爲めに邪道に落ちたのだ。君のシスタアに對する愛はこれこそ本當の神聖なる愛だ……
……富之助は今假睡から起き上つたがまたゆくりなくも同じやうなことを考
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