ェ出來る。祐信の繪本に、炬燵にあたつて居る女の傍に小鍋立のしてある繪があつた。門の外は降りつむ雪で、ちやうど男が傘をつぼめた所である――河沿ひの低い絃聲のする家の窓から河原の布晒を見るのは此の趣味であらう。然しかう云ふ事をかくと予自身に此|遊仙窟《ルパナアル》に對する憧憬があるやうに思はれて不利益である。“Olenti in fornice”はホラチウスの領分であるやうに「祇園册子」は吉井勇君の繩張である。
目の下に見える四條の橋を紹介しよう。「鴻臺」といふ酒薦の銘が大形に向河岸の屋根を蔽うてゐる。そこに赤い旗があつて白く「豐竹呂昇」と染め拔いてある。まだ燈の點かぬ仁丹がものものしげに屋根の上に立つ。欄干の電燈の丸い笠は滑石《タルク》の光澤で紫色に淀んで居る。その下を兵隊が通る。自動車、人力、荷車、田舍娘の一群が通る。合乘に二人乘つた舞子の髷が見える。かみさんの人が下女を連れて芝居の番附を澤山に手に持つてゐるのが通る。二人の女に、各一人の男が日傘を翳《さ》しかけてやつてゐるのが通る。あれは祇園の家々の軒を「ものもお、ものもお」と紙を配りながら大聲で誰とかはんのお妹はんが云々と呼んでゆ
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