ォなものですな。あんな所で一日幕合の長い芝居を不服もなく見物してゐるんですね。」とその男が云つた。
 其間舞臺では、強く誇張された人相を刻まれたので、其爲めに一方には頗る漫畫的に見えるが、同時に、巧みなる人形遣の爲めに隙間なく動かされるので、却つて其不安定な動的の表情が運動の眩惑を助ける所の人形が怒つたやうな顏で泣いて居た。
 何處の所だつたか、攝津が「お前と手分して尋ねようと思うて云々」と語ると、棧敷のそこここで忽ち多くの手※[#「巾+白」、第4水準2−8−83]《ハンカチ》が眼にあてられたのであつた。黄ろい貧血的の、やや老女に似る顏容の印象を呈してゐる絃の廣助までも、泣き顏になつて一生懸命に三味線をかぢくつて居た。予は此時近くの人の「廣助はんの絃ぢや到底追ひ付けまへんな」といふやうな批評を聞いて、本當にさうなのかなどと思ひながら例の Illusion と 〔De'sillusion〕 との世界を彷徨して居たが、唯予の前の棧敷に居た六七歳の男の子は、何と思つたか、ずつと背伸びをして、惘然《ばうぜん》と不可思議の眼を※[#「目+爭」、第3水準1−88−85]《みは》つて、かの未だ知らざる
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