rし出すと云ふ事は既に予の領分外である。それはもつと深い透徹《ペネトラシオン》を要する。予は君の短篇《ノヱル》の類集《セリイ》に待たねばなるまい。
 此間に予は突然濁つた太い聲に驚かされたのである。「竹ちやん、竹ちやん、待つてましたあり――」といふ言葉が其瞬間に理會せられた。人はみな忽ち其方へ視線を轉じた。蓋し豫定喝采者の類であつたらう。餘りに年の寄つた銅色の顏の老爺が火鉢の縁を指先で撫でながら何も知らぬやうに俯《うつむ》いてゐた。其對照が既に滑稽以上であつたからして、轉じられた視線は豫期に反した弛緩の感じを以て再び舊に戻るやうに見えた。
 予は藝術を[#ここから横組み]△Illusion+△Connaissance[#ここで横組み終わり] といふものの極限《リミツト》として觀相しようと常々思つてゐるのである。舊《もと》の美學は唯藝術の假感の極限の場合をのみ論じて居るやうに見える。肉聲が織る曲節《メロデイ》、曲節の底を漂ふ肉聲――たとへば斯くの如き二つの軸の間を動搖する所に藝術鑑賞の心理作用が求められねばならぬ。或は此くの如きは完成せる――人を幻影の境に引いてゆく藝術を有せざる時代の人
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